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1 傭兵王の目算※

 ――ただ一人の女性を、探していますので。


 それは、若くしてその身一つで上り詰め、剣豪として名を馳せ、傭兵王の名で呼ばれる青年が問われて答えたとされる言葉。

 なぜ結婚しないのか。

 女性を側に近づけることもないのか。


 苛烈な生き様には似合わぬ穏やかな人柄の彼は、ごまかすこともなく真摯なまなざしを向けて言ったという。

 自分はただ、その人に出会う為だけに生きている、と。


 * * *


 腕の中に飛び込んできた少女を見下ろして、アランはしずかな声で言った。


「聖女になっていただきたい方がいるんです。ですので、あなたの『魅了(チャーム)』にこたえるわけにはいかない」


 突き放すほどの冷たさはないものの、その端正な面差しにはいかなる動揺も浮かべてはいない。

 勢いで胸に額を寄せて身を預けていた少女は、唇を噛みしめてから呟いた。


「『魅了(チャーム)』だなんて……」

「使っていないと? それは失礼しました。多少精神をやられた自覚がありましたが、錯覚か、私自身の気の迷いということでしょう」


 落ち着き払った態度で謝罪しつつ、しがみつく細い腕が離れていくのを、待っている。

 その空気を感じつつも、スピカは未練がましくアランの背から腕へと手を滑らせて袖を指で掴み、ゆっくりと視線を上向けた。


「聖女になっていただきたい方とは、どなたのことですか。まさか、男性であるあの方ではありませんよね……? ということは、アラン様は、アリアド家の護衛として参加していながら、ひそかに別に応援する候補者がいらっしゃるということですか」


 潤みを帯びた大きな瞳に見つめられて、アランは微かに首を傾げた。


「どうしてそう思うんですか? 聖女になっていただきたい方がいるとして、私がアリアド家の護衛に入っている以上、願う相手はアキラしかいません。わざわざ遠回りなんかしませんよ」

「男性ですよ!?」


 たまりかねたようにスピカはやや声を荒げた。

 いささかの表情の変化もなく、アランは短く言った。


「それが?」


 スピカの瞳に、苛立ちがはしる。


挿絵(By みてみん)


「そもそも彼は、候補者の要件を満たしていません」

「しかし、現に参加を許されており、迷宮にも潜っている。『聖女』になる可能性は十分にあります。私はあの人以外が聖女になる未来など微塵も描いていません」


 淡々と話すアランの瞳に、はじめて冷ややかな光が差した。


「ですから、あなたを突き放し、ここで脱落させることに、いささかの躊躇いもありません」


 アランが言い終えるより早く、スピカは俊敏な動作で飛び退る。

 その動きを正確に見切ったアランの視線は、血の滲んだ足に向けられた。訝し気に目を細めたものの、違和感そのものについては口にしない。

 同時に、辺りに神経を張り巡らせて探る。


(迷宮が変わった?)


 目に入るのは先程となんら変わらない石の壁。ただし、背を向けた迷宮の奥が気になる。魔物の気配ではないが、何かある。

 スピカはアランに対しまなざしを険しくして睨みつけ、断罪するかのように言った。


「傭兵王アルデバラン……、あなた、単独行動をとっているのは、()()()ね?」


 確信を帯びた問いかけに対し、アランはそれまでと一貫した泰然自若とした態度で言った。


「それは考えすぎかもしれませんが、悪くない線だと思います。あなたも私も単独行動をとっている。ここでどちらが何をしても、目撃者はいない」

「護衛が、候補者を傷つけるというの!?」


 アランはまだ、剣に手をかけてもいない。

 だが、まとう空気はすでに最前のものとは明らかに違っていた。

 その上で、言った。


「そもそもあなたは本当に、候補者なんですか?」

「乱心されましたか、アルデバラン陛下」


 涼し気な水色の瞳を細めて、アランは低い声で答える。


「先程から、あなたの甘い匂いに混ざって、血の匂いがするんです。その足の怪我のせいだと納得しようとおもっていましたが、どうも違うらしい。あなたのその手からでは?」

「候補者が、血で手を汚したと?」

「仮に、もしそうであるのならば。あなたはもう、候補者ではありません」


 剣を抜き放ったアランは、ごく最小限の動きで背後を振り返り、迫ってきていた銀の閃きを受けた。

 ギィィィン、と硬質な音が響き渡る。

 黒布で適当に頭髪を押さえ、群青のロングコートを身にまとい、曲刀を扱う男。褐色の肌に、白目の白さと真っ黒の瞳が映えている。


(ミケーネのオリオン。組替えでスピカ姫の護衛についた)


「護衛、近くにいたみたいで良かったですね」


 刃を押し返して距離を置きつつ、アランはのんびりと言った。

 しかしまなざしにはヒヤリとするほどの冷たさを帯びている。

 その目は、スピカの手から、いまにも魔法の炎が放たれようとしているのをとらえていた。


(護衛をかわして魔法をぶつける自信があるか、もろとも焼き払っても構わないつもりか。オリオン一人で私に競り勝つのは無理と踏んで、始めから二対一の布陣。いや)


 おそらく、魔導士も近くにいると踏んでいいだろう。

 だとすれば、戦況としては三対一となる。


(魔法を使う魔物との戦いも慣れてはいる。剣士一、魔導士二でも勝てないことはないが)


 どこからどんな魔法が来るか。予測で動いてもいいが、目の前にいるスピカなど魔法の発動前に戦闘不能にしてしまえばいい。

 そこでアランは、前提として大変まずい条件に思い至る。

 魔物は切って捨てれば良い。

 だがしかし、今対峙しているのは「別段殺し合う理由のない人間」であるとともに、スピカに至っては「殺すとまずい相手」だ。

 その匙加減が、少しだけ難しい。


「あなた、オリオンですよね。何故スピカ様に従っていますか? 人間同士の戦いに、あなたは同意していますか?」


 ひとまず、再び斬りこんできた刃を受けつつ流しつつ、アランは目の前の男に問う。


「お前こそ。本来の候補者の優勢を願うのであれば、ここで候補者を減らしておこうとは思わないのか?」


 思った以上にしっかりとした声で返され、彼自身は「魅了」などの(とりこ)にはなっていないとアランは結論付ける。

 つまり、()る気で向かってきているというわけだ。


「なるほど。つまらない話ですが、そういう形で意見の一致を見たわけですか」

「つまらないって」


 オリオンはまなじりを釣り上げて苛立ったように口を開く。


「お前の候補者は男性で、ただでさえ不利だ。傭兵王ほどの実力者であれば、いっそこの迷宮内で候補者を一掃しよう、くらいには考えないのか?」


 これ以上ないほど筋道だっているとばかりに言い放ったオリオンに対し。

 アランは軽く片目を見開いて、意外そうに言った。


「考えませんね。相手がどうであれアキラは誰にも負けません。むしろここで私が無駄な殺生をしたとすれば、その方があの人を苦しめるでしょう」

「はっ。半端者を候補者に立てたわりには、自信過剰なのはさすが傭兵王だ。だが、単独で行動した代償は重いぜ」


 呆れ切った様子で鼻を鳴らしたオリオンに対し、アランはいささかも表情を崩すことなく、優美ささえその口元に漂わせてにこりと微笑んだ。


「構いません。こう見えて『王』ですからね。何を要求されても払うのはわけないんですよ。払うつもりがあれば。試しにあなたも私に何か要求してみますか?」

「この場で試験から降りることかな。大丈夫、その気がなくても引きずりおろしてやる。目障りなんだ」


 アランは、気を悪くした様子もなく、実直そうな顔で大きく頷いた。


「わかりました。その喧嘩買いましょう」



5番目(に、迷宮に潜った)


候補者 (小国・ウィルゴ)スピカ姫

護衛  (小国・ミケーネ)剣士オリオン 魔導士アンタレス


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