表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/54

1 参加します!

 鏑木(かぶらぎ)みゆき。


 光沢のある長い黒髪の、うつくしい同級生。

 清楚な佇まいに、可憐な声でおっとりと話す彼女は、放送部所属で校内放送でも有名で、同学年のみならず上級生、下級生からも人気があった。

 実際に、誰の話にも優しい顔で耳を傾け、嫌な顔せず面倒な仕事をも積極的にしようとする姿には好感しか抱きようがなく「同じ年なのにできた子だなぁ」とアキラも感心していたほどだった。


 その印象が変わったのは、放送部が参加したアナウンスコンクールの後のこと。

 大方の予想に反して、地区大会で優勝したのは、みゆきではないクラスメートだった。


 演劇部と放送部を掛け持ちしていた明美。

 やや自己顕示欲が強い面があり、アキラも一対一で話すと少し疲れることはあったが、それ以上の感想は特にない。成績もよく、運動神経もよく、人当たりさえもう少しよければ友達も多いのかな、と思ったことはあった。だが、アキラ自身別に人気者でもなんでもなく、人気に対しての貪欲さもなかったので、明美が浮いていることなどさほど気にも留めていなかった。

 浮いているのではなく、積極的に外されていると気付いたのは、些細なきっかけからだった。


 たとえば、体育の時間。

 バスケであれば、味方のはずの誰も、明美のパスを受けない。

 サッカー。明美がシュートをして外すと、長いこと女子がひと固まりになってくすくす笑っている。

 たびたび中断する試合を、外野やゴールキーパーというポジションで眺めていたアキラは、ふと気づく。


 何かあるたびに、みんな、みゆきのそばに集まっていく。


 それはクラスでも同じだった。

 明美が授業中あてられて、少しずれた答えをする。失笑が起こる。みんなの視線がなんとなくみゆきにいく。みゆきは、困ったような、たしなめるような視線でそれにこたえるのみ。


(困ってるなら、はっきり言えばいいんじゃないの……? こういうのっていじめっぽいからやめよう、って。あなたが言えばみんなやめるでしょ。だって、みんな、あなたの機嫌をとってやってるんじゃないの? 明美がコンクールでみゆきに勝つなんて何かの間違いだよねえとか、その辺からだったんじゃない……? 少し浮いている明美に、悪意をぶつけるのを、みんなが躊躇わなくなったのは)


 自分の頭が素直すぎるんだろうか。

 みゆきはもしかして、本当に困っているんだろうか。むしろ、もっと具体的で悪意のあるいじめにならないように歯止めをかけているのが、みゆきなんだろうか。

 アキラは、みゆきの顔色をうかがうメンツに加わることなく。

 悩んだ末に、明美と話す機会を意図的に増やした。明美が一人になりそうな移動教室のときに声をかけて一緒に行動したりした。

 なんとなくの悪い空気が、いつか消えてなくなればいいと願って。


 自分の考えが間違えていたらしい。

 そう気付いたのは、朝学校について靴箱を見たら、上履きが影も形もなかった時だった。

 背筋をぞくりとしたものが抜けていった。

 ターゲットが、自分に変更になった、と悟ったのだった。


          *   *   *


(ミユキ……、名前が、同じだけ、なんだけど)

 苦手な名前と一緒だからといって、すぐに結びつける方がおかしい。

 ここは異世界だし、彼女はどこかの名門で、有力な「聖女候補」だ。

 聖女の素養があると選ばれた少女ならば、性格的に明らかな難があるわけがない。


 そう思うのに、嫌な感覚が消えない。


「アキラ、どうした?」

 すれ違った三人を見送ったまま、動きを止めてしまったアキラに、スバルが横から声をかけてくる。

 ミユキの後ろ姿から目を離せなくなっていたアキラは、大きく息を吐いて目を瞑った。

「気分が優れませんか」

 反対側からは、アラン。


 二人に心配をかけている場合じゃない。

 聖女試験に不参加も決めたところで、自分はこの場から去るべきだ。

 頭ではわかっている。


 目を開けて、広間を見る。

 三人一組として、聖女候補は今のところ二十組ほどいるだろうか。

 ざっと見た限り、アキラやミユキのように男性の従者と組んでいる者もいれば、女性だけのチームもある。それぞれ特色があって、私語をしているわけでもなく華やいだ空気がある。

 「聖女」に選ばれるのが一人だけとはいえ、候補者同士はその後何らかの形で協力しあう関係になることも多いと聞いた。

 そう考えれば、これは試験を前に集められた学生たちの集団にも似たもので。


(はじめから優位に立っているミユキ……。出だしからすでに差がついているというのならば、当然、この場に来ていても「聖女」にはなり得ない、勝ちは見込めないというチームもあるはず。ならば、もっとも「聖女」に近しい候補者にかけて、その後を見据えて派閥を作っていく人もいるんじゃないだろうか)


 もっともな選択だし、何も悪いことではない。

 ただし、その筆頭になるであろう存在が「ミユキ」であるのが気にかかるのだ。

 自分では絶対に手を汚さないで、少しずつ対立者の力を削いでいくやり口。


(ここは異世界で、聖女試験はかなりの難易度だって聞いた。護衛が二人もつくくらいだし、命を落とすこともなくはないと……。はっきりとした目的があり、利権が絡んでいるとしたら、「ミユキ」は相応のことをやるんじゃないだろうか)


 異世界に意識がひっぱられる前後の記憶は曖昧だが、アキラの中には何か非常に嫌なイメージがこびりついている。

 ミユキは危険。このまま目を離してしまえば、彼女はきっと何かをする。


「アキラ?」

 気遣わしげなスバルの声を聞いた瞬間、アキラは迷いを振り切った。


「二人とも」

「はい」


 同時に返事がある。

 アキラは息を吸い込んで、早口に言った。


「もう少し、わたしに付き合ってもらっていい? 聖女試験を辞退して、二人には何かいい就職先を見つけてもらおうと思っていたけど。それ、少し、先でいい?」


 一口で言って、一歩下がる。二人の顔を同時に視界に収める。

 灰色髪に、アイスブルーの瞳をしたスバルは愉快そうに微笑み。

 緋色髪に、水色の瞳をしたアランは、穏やかな表情で見返してくる。


「何かありそうだね。ま、乗ってやらないでもないよ」

「ご用命とあらば」


 二人の声を聞き、アキラは決意して歩み出す。

 早足で、大股に、肩で風を切りながらもと来た道を引き返す。


 ミユキに親し気に話しかけていたウォルフガングが、ちらりと視線をくれた。

 物言いたげなその目を見返しながら、アキラは息を吸い込んで、一息に言う。


「すみません。少し事情が変わりました。やはり試験には参加します。男ですけど、ぜひ他の候補者同様『聖女試験』に参加させてください」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ