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4 疑う者、信じる者

双頭の蛇(アンフィスバエナ)……!」


 暗がりから、奇声を発して姿を現した魔物を前に、スバルは不敵に口の端を吊り上げて呟いた。

 身体の両端に頭を持つ巨大な蛇である。

 三体連れ立って現れた。

 いまだ足のふらついているエルハが「うへぇ」と情けない声を上げる。


「私が始末してやろうか」


 姫君は言うなり、身に着けていた護身用のダガーを手にした。

 ちらりと視線を向けたスバルが「下がってろ」とそっけなく言った。


「さっきから『あたし使える人間なんだから』アピール盛んだけど。何がしたいの? それでオレをどうしちゃいたいわけ?」

「ふざけたこと言うとその舌引き抜くわよ」

「ですよね~、姫君。知ってるよ。姫がアピールしたいのは『アルデバラン様』だろ。残念だったな、先に行っちまった」


 軽口を叩いているスバルの髪や外套が、パチパチと爆ぜる光を帯びて行き、ふわりと風を孕んで持ち上がる。

 光は、天上から降りそそぐものを受け止めるように差し出された掌にも、眩しいほどにまとわりついていた。

 確実に言い足りていない姫君を捨て置き、スバルはアイスブルーの瞳を炯々と光らせて魔物の群れに向き合った。


「一つ派手に雷撃でも」


 双頭の蛇の一体が飛び上がった瞬間、スバルが手をかざす。

 空気を轟かす光の筋がその手から放たれた。

 撃たれた蛇が光の中で黒い影となって呻き声をあげたそのとき。


「っぶないっすよー!!」


 通路の先から能天気な声とともに飛び込んできた銀色の少年が、ズダアアアン!! と派手な音を立てながら着地し、二体の蛇を同時に切り裂く。


「双剣使い……?」


 見覚えのある細身の少年の登場に、スバルはいぶかしげに両目を細めた。


 * * *


「魔物いるから邪魔っけだなーと思って。さっさと片づけようとしたら雷落ちてくるし。無茶苦茶っすよ、焦げるかと思った」


 邪魔っけ……? と姫君が小声で呟いた。

 銀色の双剣使いは若干、イントネーションに方言のような響きがあった。


「無茶苦茶って言われてもなぁ。いるなんて知らねーし。お前なんで来たの? もう棄権で失格扱いなんじゃないの?」

「そうなんすか?」


 呆れたスバルに、真顔で問い返すカストル。


「うち最終組なんだけど。その後につっこんできたのか? 殿下なんか言ってなかった?」

「なんかは言ってたかもしれないっすね!」


 けろりーんと言い切ったカストルに対し、スバルは感心と諦めの間のようなまなざしを向けた。


「お前結構ヤバいな。話が成立する気がしない」

「いやいやいや、スバルさんもやばいっすよ。見た目やばそうだなって思ってたけど、魔法のコントロールとか実際滅茶苦茶やばいじゃないですか。ちゃんと狙って撃ってるんすか」

「おい。なんでいまどさくさに紛れて罵ったんだお前。聞こえてんぞ」

「この距離だし、聞こえるなんて当たり前ですよ。スバルさんこそ何言ってんすか?」


「殺すぞガキ」

「お、いっちょやりますか?」


 妙に楽し気な二人の間で、姫君が闇雲にダガーを振り回した。

 各自適当に避けて距離を置く。

 明らかに、刺しても構わないという決意に満ちた動きをしていた姫君は、両側に散った二人を交互に睨みつけた。


「馬鹿。時間の無駄」


 言い切ってから、ぼんやりとしているエルハに鋭い視線を向ける。


「こんなことしている間があったら、この男に早く事情を吐かせた方がいい」


 エルハが、ぐっと歯を食いしばるような、強張った顔をした。

 すると、スバルは鷹揚な仕草で顔の前で手を振ってみせた。


「実はそんなに聞く気がない。道々聞くからさっさと進んだ方がいい」

「聞く気がない?」


 当然の如くまなじりをつりあげた姫君に対し、スバルは瞳の温度を下げて冷然と言い放った。


「疑っている。中途半端な情報を得て踊らされるくらいなら、自分で確かめる。エルハから引き出した情報が嘘だった場合、信じて行動していたら洒落にならないぞ」

「どういう意味だ」


 姫君は、舌鋒鋭くなると、話し言葉がどことなくきつい印象になる。

 スバルは、片目を瞑って一瞬だけ視線を上向けて思案してから、すぐに向き直った。


「アランが戻ってこない。何かあった。進んだ方がいい」

「ならば余計に事情を」

「いや。姫君はこの男を疑った。そこでオレとアランの役割分担が決まった。オレはこの男の持ってきた情報はとりあえず疑ってかかる。アランは信じる。だからアランは、この男の説明を信じて、この先で待っているであろう連れを探すべく進んだ。オレたちもすみやかに合流すべきだ」

「疑う者、信じる者……?」


 あの一瞬で。

 進む者と残る者に分かれたアランとスバル。

 別行動などただでさえ不利でしかないのに、会話も交わさずに各々の分担を理解している二人。


「どうせならアラン様と一緒に行きたかった」


 ぼやいた姫君に対し、スバルは呆れたように「一番疑り深い行動とっておきながらそれは」と呟き、歩き出す。


「おい、そこのガキ。お前はどうする」


 先頭に立ったスバルが、振り返る。

 最後尾についていたカストルは、声をかけられて「うーん」とのんびりとした声を上げた。


「そっすねー。お嬢さんと合流した方がいいのかな」


 へっ、とスバルは皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「本来ならお前はうちのアキラを守るはずなんだけどな」

「だけど組分けには参加していないんですよね。従う理由なくないですか?」

「お前、清々しいほど自由だなー。アキラに何かあったらお前のせいだぞ」

「なんでですか? レグルスさんのせいじゃないんですか? だけどレグルスさんってあなたより天才って言われてますし大丈夫じゃないですか?」


 スバルの目つきに物騒なものを見て、すかさず姫君が釘を刺した。


「進むのよね。立ち止まっている場合じゃないわよね。殺し合いなら迷宮出てから好きなだけどうぞ」


 至って自分のペースを崩さないカストルは「あはははは」と乾いた声を立てて笑った。

 挟まれた形のエルハは、どんよりとした顔で溜息をつく。

 通路は差し当たり一本道であったので、迷いようもないので確認することもない。

 ただ、道々話すと言った通り、スバルが口火を切ってエルハに尋ねた。


「それで、さっきの話の確認なんだが。足を刺されたのはお前の護衛していたガニメデ家のベガなんだよな? 参考として聞くが、刺したのは誰だ? 人間同士の争いをはじめ、策を講じているのはどこの候補者なんだ?」

 

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