2 殺戮者の影
それは、闇を見通す目。
薄暗く、先の見えない道を、一切の躊躇なく進んで行く背中。
アランに続くエルハの横へと、コール・カローリ姫が速度を上げてぴたりとつく。
美しい銀の髪をなびかせながら、きつい視線を向けて言った。
「あれがアルデバラン王だ」
走りながらの為、あまり余裕がない。
意図をはかるように顔を向けたエルハに対し、姫君は念を押すように言った。
「恐れをしらない傭兵王。下手な策略が通じる相手じゃない」
続く動作は、スバルが止める間もなかった。
姫君は速度をわずかに落としつつも、一気にエルハの側面に蹴りを叩き込んだ。
派手な音をたてて大の男が吹き飛び、壁に叩き付けられる。
「……はっ」
口から泡のようなものを吐き出しながら、がくりと頭を垂れてエルハは床に座り込んだ。
その前に立って、姫君は冷然と言い放った。
「相手が悪かった。仕掛ける相手によって、作戦を変更できる程度の柔軟性を持たせておくべきだった」
スバルは、無言のまま姫君の横に立つ。
エルハから反撃が来る可能性はまだある。
護衛任せにせず、自ら戦闘行為に乗り出した姫君のこと、腕に自信はありそうだが油断は禁物だ。
少し先でアランが立ち止まって振り返っている。
(こっちはオレが)
スバルが視線を送ると、頷いて「様子を見て来ます」と言い置き、通路の先へと駆けだした。
崩れ落ちたままの姿勢で身動きをしないエルハは、低い呻き声をもらしているだけだ。
「一応、事情を聞こうとは考えなかったのか」
やや呆れた調子でスバルが声をかけると、姫君は悪びれもなく頷いた。
「早い方がいい。階段を上れば棄権できるということだし、引き返すならこの辺で」
「一人で帰すつもりなら、こんなにふらふらにしなくても」
「私をはめようとした落とし前くらいはつけさせるさ」
瞬きもせずにスバルに向けられた碧玉の瞳には、酷薄そうな光が宿っていた。
「何が決め手だったかは聞いておこうか」
スバルの問いかけに対し、姫君は肩をそびやかして首を軽く振った。高く結い上げた銀の髪が、首の後ろで揺れた。
「アラン様が魔物を始末したとき、一人で、と驚いていた。おかしいと思わないか? ここまで一人で引き返してきたこの男も、奥で待っているこの男の片割れも『一人で』対処しなければならない状況になる恐れは十分あった。この覚悟の弱さはなんだろうなと」
姫君の切り捨てるような話しぶりに耳を澄ましながら、スバルはわずかに眉を寄せる。
違和感。
姫君に対して。
(……なんだ?)
胸の奥底からいくつも浮かんでくる違和感。
その中から一番強いものを掴みとりに行く。
ウォルフガングと話しているような感覚。
(少し違う。強いて言えば、「少女」と話している感じがしない……?)
気づいてしまったそれにはひとまず蓋をして、姫君の示した見解に対し、自分なりの意見を述べる。
「少なくとも……、奥で待っている連中は二組以上が結託していて、後続組を罠に落とすつもりがあると」
「魔導士一人と候補者を置いてきたという辺りから少し変だと思っていた。危険を冒しすぎだ。よほどの安全地帯であるという確信があるならともかく『死体を損壊されないように』と言っていた以上、魔物が出るとは思っているわけだ。第一、先の組を壊滅させた『何者か』も近くにいるかもしれないんだ。それなのに別行動に踏み切った理由はなんだ?」
歯切れよく話す姫君に対し、スバルはやれやれ、と嘆息してみせた。
「話し合いじゃだめだったのか、それ」
「この男、ここまで痛めつけておけば怖くなって出口に引き返すか、運が悪ければ生きたまま魔物に食われるか……。それが嫌ならこの場で殺してやってもいい」
「落とし前つけすぎ」
鋭い視線を投げかけたスバルに対し、姫君は口の端に皮肉げな笑みを浮かべた。
「呑気だな」
「そ? 正直オレはそこまで人殺しには興味ないんだ。『やってもいい』と言ったのは試験官だが、そもそもこの国でそれは認められている行為か? 試験期間は特別だと思った、なんて言い訳が通用しない状況になるのはごめんだ。後ろ暗いことは無いなら無いに越したことはない。この男の命を奪う必要性は今現在、どこにもないんだな」
言い終えてから、エルハに目を向ける。
「よお。立てそう?」
「うう……」
「どういう作戦だったか言う気はあるか? というか、アランに気付いた時点で変更はできなかったのか」
生半可な戦略は通じない相手。百戦錬磨の傭兵王は、魔物だけでなく、人間を相手に剣を振るうのも必要とあらば躊躇しないだろう。およそ想定できる最悪の相手であるのは間違いない。
苦しそうな呻きの合間に、ようやくエルハは口を割った。
「組み分けでガニメデ家の候補者を守ることになったが……、攫われた。人質にとられている」
「候補者に危害を加えることはできない前提なのに、えぐいことする組がいたもんだな」
げんなりしたのを隠しもせずに言ったスバルに対し、ゆっくりと顔を上げたエルハは頭をおさえながら言った。
「魔物に食い殺させれば手を下したことにはならない、と。そうされたくなければいうことを聞け、後続組をはめるのを手伝えと……。候補者は足を刺されている」
動きが鈍くなる上に、血の匂いは魔物を誘う。なかなかに凶悪だ。
ふん、と姫君が不敵な笑い声をもらした。
「そこまでして『聖女』に選ばれたい候補者が紛れ込んでいるとは笑止千万だ。この迷宮から一生出られないようにしてやる」
極めて物騒なことを言い放った好戦的な姫君に対し「おい」とスバルは醒めた声でつっこむ。
「姫様も性悪レベルじゃ大差ねーよ。とはいえ、そいつはまた厄介な話だ。まさか本気で殺し合いを始める奴がいたとは……」
言いながら、スバルはふと口をつぐんだ。
(いや……。それは本当に候補者なのか? 殺生に頓着しないどころか、積極的に殺戮側に回るって……。むしろこの試験を利用して候補者やら護衛を効率的に始末しようと考えている何者かが紛れ込んでいるって線はないか?)
候補者に危害を加えてはならないとか、護衛は割り当てられた候補者を無事に連れ帰らなければならないというのは、すべて「聖女試験」を失格しないための条件だ。ハナから自分は失格してもどこかの組をサポートするつもりの組がいることは予想はしていたが、それも組分けで候補者と護衛の利害が一致しなければ、意思統一が難しくなり、早々には機能しないと踏んでいた。
だが……。
すでに一致団結して、後続組を陥れると決めた組がいる。
「エルハだっけ。どうする。姫様が暴走した件は申し訳ないが、そろそろ歩けそうか? 今引き返せばおそらく地上までは無事に出られるだろう。この先で起きたことをオレたちに話して、さっさと離脱するのもありだぞ?」
「いやしかし……ガニメデ家の候補者を守らなければ、ライラが失格になる……。それに、あんな恐ろしい奴がいるのを知っていて、オレだけ逃げるわけには……」
「まあ、そうなるか。失格も恐ろしいが、自分のところの候補者に殺人鬼のことは伝えに行きたいよな」
「ああ。アルデバラン王も、一人で行かせて良かったのか?」
「アランの場合、一人の方が遠慮ないだろうから心配はない」
すかさず答えたスバルに対し、姫君がきつい口調で言った。
「私は足でまといにはならない」
「好戦的なのは理解した」
話し合いを切り上げ、スバルはゆっくりと立ち上がったエルハを見た。
「そういうわけだ。この先進むならオレたちに協力しろ。出来る限り力になる。この先にいる奴と組むよりはマシだ。話す決心はついたか?」
エルハが弱々しく頷いたそのとき。
身の毛もよだつような悲鳴が響き渡った。




