落ちる(前編)
「へー! みゆき、進路心理系なんだ。なんかわかるー」
三列ほど隔てた席で、男女あわせて五、六人が集まって進路希望の紙を互いに見せ合っている。
(オープンだなぁ……)
隠すべきものとまでは言わないけれど、わいわいと賑やかに話しているのを見ると、それを奇異に感じている自分の方が異物のような気がしてくる。
アキラは手に持って眺めていた紙を、なんとなく机の上で裏返しに伏せた。
「心理系に行って、将来は何するかまで決めているの?」
中心にいるのはみゆきだ。いつも通りの光景。
明るい声に答えるように、おっとりと優し気な声が響く。
「カウンセラーとか、ソーシャルワーカーとか、相談職がいいなって。困っているひと、悩んでいるひとの力になりたいんだよね。人の為になる力が欲しいし、そういう勉強がしたいの。あと、教員免許もとりたい」
「しっかりしてるー! みゆきにはそういうの、向いているよね! 言葉の重みが違うもん」
「声もいいし、落ち着いているし、みゆき相手なら何でも話せそうな気がするよね」
「放送部でもよく後輩の相談にのってるし、優しいし」
異口同音に賛同が集まっている。
(向いている……? みゆきが、『ひとを助ける仕事』に?)
アキラは慎重に、横目でうかがう。
人垣の合間に見えるのは、隙のない清楚な横顔。ほんのりと頬が紅潮している。
嘘を言っているようには見えない。
こんな雑談に、ひどく真剣にのぞんでいるようなその反応が、周囲にはとても好ましく見えているに違いない。
だが、離れた位置から盗み見たアキラは、気が滅入った。
(だってあなたは、いじめを主導しているよね? それともあれはやっぱり周りの仕業で、本人は関係ないの? 何が起きているかはまったくの無自覚? そんなことって)
――そんなことって、ある?
(気付いているのはわたしだけなのかな……。誰もなんとも思っていない? 仮にみゆきが指示を出していないのだとしても、立場上みゆきと対立した明美がみんなに無視されているのはすごくわかりやすい。そして……、それをかばったわたしも)
まだ。
自分はまだ、それをいじめと言える段階にはない。
何かの偶然で、学校に置いていた上履きがなくなった。
今までは普通に話していたクラスメートが、なんとなく最近目を合わせない。話しかけられるのを回避するそぶりをみせている。
こんな状況証拠だけではとても「いじめ」とは言えない。
まだ、少し神経に触る程度なのだ。
ふと、視線を感じた。
誰から向けられているのか、最近は見なくてもわかる。
(よく見られている)
自分が見ているのと同じか、それ以上に、見られている。
アキラは顔を上げて、ゆっくりと視線の元を確認するように横を向く。
目が合った。
にこり、と微笑まれる。
反応する前に、視線を外された。
「みゆきなら良い大学も狙えるしねー」
クラスのざわめきが戻り、彼女の名を呼ぶ声が耳に届く。
ほっと息を吐き出しながら、アキラは机の上に伏せていた紙をひっくり返して目を落とした。
文系希望。史学系か心理学系。
曖昧に書きこんでいた文字をじっとながめて、消しゴムを手にする。「史学系か」の部分を消した。
深い意味はなかった。
わざわざみゆきと同じ大学、同じ学科に進むつもりもない。
ただ、なんとなく自分の目で確かめなければいけないような気がしたのだ。
他人からよく見られたいがために耳に優しい言葉を吐く人間が、きちんと振り落とされていくところを。
(みゆきみたいなひとは、きっと教師になったらいじめの加害者と被害者を呼び出して、仲直りの握手をさせるんだ。加害者は何も失うことなく、被害者だけが許しを与えることを求められる。その光景を、にこにこと眺める。そして、さりげなく加害者に肩入れをする)
容易に想像がつく。
カウンセラー? 相談職?
彼女の正しさや優しさはひどく限定的だ。
そうと気付かない人間には「良いひと」だろうけど、少しでも疑ってかかってしまえば……。
(なんでみんな大丈夫なんだろう。何を見ているんだろう。みゆきは――……)
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