聖女には向かない理由※(後編)
アキラが反応するより先に、後ろの二人が動いた。
背後から遠慮なく身体に手を回して抱き寄せてきたのは魔導士のスバル。
「そのセリフそっくりそのまま返しますよ、殿下。鏡見て物言ったらどうです」
慇懃無礼な喧嘩腰の口上は斜に構えた性格ゆえ。
剣こそ抜いてはいないものの、アキラの前に立ちはだかって視線を遮ったのは、緋色の髪の護衛剣士アラン。
「清廉なお人柄と名高い殿下も、『男性』相手だとずいぶんぶしつけなことをなさいますね。仮にこの方が『女性』だったら、どうなさるおつもりでしたか。試験官が『聖女候補』に無闇やたらに触れるなど、あってはならないことだと思いますが」
言葉こそ丁寧だが、話しぶりは研ぎ澄まされた刃のように、鋭い。
本来なら有力な「聖女候補」を輩出する名門が用意したサポーター二人は、試験を辞退すると決めたアキラに対してもその優秀ぶりを遺憾なく発揮してくれた、らしい。
(王子様のやり方にはびっくりしたけど、二人とも過激だな~~)
過剰に守られたアキラ自身は、対応を決めかねて中途半端な薄笑いを浮かべてしまっていた。
「へらへらすんな。舐められんぞ」
耳元で、他に聞こえない音量でスバルがぼそりと言う。
アランは背の高い後ろ姿しか見えないが、後ろ姿から怒りが迸っている。
「たしかに。今のは私が悪かった。スバルとアランだね、名前は私も聞き覚えがある。これほどのチームが辞退というのはつくづく残念だが……。仕方ないか」
ウォルフガングは、感じの良いよく通る声でそう言うと、アランの身体を軽く押しやってアキラと今一度向き合った。
「姫君のように守られているけど、『男』なんだよね? 嘘偽りなく、天地神明と世界樹にかけて」
アキラをがっちり拘束していたスバルがそっと手を離した。
アランが肩越しに振り返って、水色の瞳にいたわし気な色を浮かべて見て来る。
穏やかでいて、底知れぬ笑みを浮かべているウォルフガングを前に、おそらくこれは後戻りできない質問なのだろうと理解した上で、アキラは力強く答えた。
「『男』です。殿下が誓えというものすべてにかけて、宣言します」
すぐそばで、スバルが小さく息を吐いた。
アランがしずかに瞑目する。
これできっと、自分は永遠にこの世界で「女性」として生きることはないのだろう。
(大丈夫大丈夫、だいたいいつまでこの世界にいるのかもわからないし。とっとと元の世界に戻る方法を見つけようっと)
気にしない、気にしない、とアキラは自分に言い聞かせて、続けて言う。
「それでは、わたしたちはこの辺で退出させていただきます。行こう、二人とも」
王子には一礼をし、二人に声をかけてゆっくりと踵を返す。
(聖女試験に参加しないとなると……。何か仕事を探さないとだめかな。聖女はいろんな能力が目覚めるはずで、異世界に戻る力も手に入るかもよ……、なんてスバルは言っていたけど。なれるのは一人きりだしね。もっと堅実な道を行こう)
もはやウォルフガングも引き留める気はないようで、三人は聖女候補の集められた広場から立ち去るべく歩き出した。
そのとき、目指す広間の出入り口に、三人組が立っていることに気付いた。
純白のロングドレスを身につけた、黒髪黒瞳の美少女。
背の高い、端正な面差しに厳しい目つきの黒髪の青年。
どこかぼんやりとした雰囲気の、銀髪に一房緑色の入った、軽装の少年。
(候補者と、魔導士と、護衛剣士か)
威圧感のある美形の組み合わせだな、と一目見てアキラは能天気な感想を抱く。
集合時間に遅れてきたことなど気にしてもいない風情で、広間に入って来る。
「おお、カタリナ家か。待っていたぞ」
ウォルフガングの反応を見るに、有力な名家の候補者なのだろう。
確かに、少女の存在感は図抜けたものがある。背の中ほどまで伸びた漆黒の髪。バサバサと音のしそうな長い睫毛に彩られた、黒の瞳。清楚かつ愛らしい顔立ちに、胸元は豊かで、腰は細く、脆さと柔らかさを感じさせる体つき。現実ではなかなかお目にかかることのない、匂い立つかのような美少女だ。
(うわ~~、選ばれる前からすでに「聖女」感が溢れ出てる……。すごい……)
自分とはまったく異質の存在感に感心しつつ、アキラは身を引いて三人組に道をあけた。
すれ違う瞬間、少女がアキラをちらりと見た。
目が合ったのは、本当にその一瞬。
(ん…………?)
ちり、と違和感がはしった。
唇に微かに笑みを浮かべてから、少女は前を向いて歩き出す。
従う黒髪の男は一瞥もくれない。
銀髪の剣士がちらりと視線を向けてきた。アキラではない誰かに向けて、にこりと微笑んだ。
「あれですよ、スバルの目の上のこぶ。黒髪の魔導士」
こそっとアランが耳打ちをくれた。
「うるせーな。関係ねーし。そっちは仲良さそうだよな、笑ってたぞお前の弟分」
アキラの頭越しに、二人が会話をする。
スバルには魔法学院時代に絶対に勝てない相手がいた……という話を聞いていたアキラは、少女に従う黒髪の青年に目を向ける。
すでに後ろ姿しか見えないが、肩を過ぎる長めの髪に、全身黒っぽい服に身を包んだその後ろ姿には異様な迫力はあった。
だが、気になるのは少女の方。
(なんだろう……。わたし、あの人のこと、知っている気がする)
異世界だし。知り合いなんかいないはず。
だけど、目が合った瞬間、背筋が冷える感覚があった。
悪意など微塵もなさそうな清らかな乙女だというのに、「怖い」と感じた。
そして、確かにどこかで会ったことがあると、自分の中の何かが訴えかけてくる。
「到着が遅くなりまして申し訳ございません。カタリナ家のミユキと申します」
少女が、王子に対して名乗りを上げるのが聞こえた。
その声を聞いた瞬間、アキラははじかれたように顔をあげた。
(ミユキって、まさか――!?)