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8 動き出す 

 地下迷宮の入り口付近には、すでにたくさんの兵士がつめていた。

 アランとスバルで一瞥して、ざっと人数を把握する。


「この辺、魔物が出ますからね。明日の朝まで、この出入口から逃げ出てくるチームがいないかを確認する為にここに待機するにしても、ある程度の人数は必要なのでしょうが」

「先に十九組入ったとは思えないな」


 兵士たちも整列しているわけではなく、数人単位でテントを張ったり、周囲の森へ踏み入ったりしているので、正確な人数はわからない。だが、多くても先に来たのは三、四組ではないかと考えられた。


「さすがに兵士の顔を全部覚えているわけではないですが、アキラについていた者はいないように見えます」

「大丈夫、想定内だ」


 若干の悔しさを滲ませてアランが呟き、スバルがその肩に手を置いた。

 二人の前を歩いている姫君は、つんと顔を上げていて振り返らない。

 さらにそれより前には、数人の兵士に囲まれたウォルフガングの姿があった。


 * * *


 地下迷宮の入り口は、石造りの祠であった。

 壁からドーム型の円天井に至るまで青いタイルと、黄色や緑のガラスが幾何学模様を描くようにはめ込まれている。

 透過した光が足下にまだらに降りそそいでいた。


「健闘を祈るよ」


 兵士と何やら打ち合わせていたウォルフガングが、親しげに言ってくる。

 スバルは姫君へとさりげなく視線を向けた。ただ超然と兄の顔を見返していた。


(この兄は妹を心配していないのか……? 妹の方も)


 そおとき、ウォルフガングの方から、姫君に対して小さく手を上げる仕草をした。姫君も、わずかに目元に笑みを滲ませる。

 その控えめなやりとりを見て、スバルは妙に安堵して吐息した。


 食糧は多めに受け取り、各自で持って階段に向かう。薄暗い階下にアランを先頭に下っていこうとすると、前方から駆け足で階段を上って来る者があった。


 * * *


 黒髪の男。秀でた額に、赤い布を巻き付けている。簡素な篭手や胸当てで全身を鎧っているが、全体として軽装で動きは素早い。

 さっと特徴を確認して、アランから声をかける。


「エルハ。ガニメデのベガについていたな」


 スバルは姫君をかばいながら、低めた声で言った。


「十五組目に入った護衛剣士だ」

「たしか彼らの候補者はライラ。七番目に呼ばれていったわね」


 何故か張り合うかのように、負けじと姫君が言い返す。

 スバルはエルハという剣士がはめた手袋の指先が、じっとりと濡れていることに気付いた。 


「あんたアルデバラン王だな。やばい、この先下りて進んだところで、護衛が二人死んでた……っ。候補者は行方不明だ。オレは取り急ぎ殿下にこのことを報告して指示を仰ぎにきた。どいてくれっ」


 横を通り抜けようとしたエルハに、アランが手を伸ばす。腕を掴んだ。


「何を」


 間近で睨みつけられても動じずに、階段の上を振り返る。


「ウォルフガング殿下。不測の事態で引き返してきた組がいますが、この階段より外に出たら失格になりますか?」


 落ち着き払った態度であったが、声は十分な肺活量によって発せられており、よく通った。

 地上を吹き抜けた風が、まだ入り口にいた姫君の髪を揺らした。うっとおしそうにその髪を片手でおさえながら、姫君は背後を振り返る。

 兵士を引き連れたウォルフガングが祠のぎりぎり手前まで進んできていた。


「出て来た本人は失格にする。戻ることは許さない。例外を認めていたらきりがないからね」


 返答は明快だった。

 アランはエルハに向き直る。 


「早く戻った方がいいでしょう。今は候補者を魔導士一人でガードしているんですよね」

「開始早々壊滅しているチームがあるんだぞ!? このまま続行するのか……!?」


 驚愕を顔に張り付かせたエルハの目を、アランは静謐を湛えた瞳で見返す。

 一拍置いて、頷いた。


「そういう試験だと、認識しています。ただし、私は人間と争うことを主目的とはしていない。助けが必要なら手を貸します。護衛二人は本当に絶命していましたか? 怪我は刃物ですか、それとも噛み痕や爪痕がありましたか。私もこの目で確認したい」


 スバルは眉をきつく寄せて、険しいまなざしの姫君に目を向けた。


「オレもアランと同意見だ。異存は?」

「ないわ。いずれにせよ、護衛に選ばれた人間をやすやすと打ち滅ぼす者がいるのならば、情報を得る必要はあるでしょう」


 階段を三段素早く下りてスバルの隣に立ち、姫君は囁いた。


「あれが嘘の線も捨てきれないわけだし」

「グローブに血がついている。経緯はともかく、怪我人がいるのは確かだろう」


 十五番目の組ということは、先に二、三組入っている可能性はある。

 そこで人間同士で争ったか、もしくは魔物に敗北したか。

 或いは、後から下りたエルハたちが危害を加えた後で、あたかも自分たちは無関係だと主張する為に引き返してきたのか。


「候補者の姿が見えないんだぞ! 魔物に襲われたなら引き返して迷宮を出るか、後の組に助けを求めるはず。魔物が、候補者だけを生かしてどこかに連れて行くなど考えにくい。だとすれば、先の組に待ち伏せを受けたんじゃないか……!?」


 エルハは階段上に向かって声を張り上げたが、ウォルフガングからの返答はなかった。

 まだ何か言い募ろうとしていたエルハに、アランは軽く首を振ってみせた。


「殿下が説得を受け入れるとは思えません。それよりも、速やかに案内をお願いします。まずはあなたの護衛対象と合流しましょう。それから、現場を確認します」


 無念そうに唇を噛みしめていたエルハだが、軽く首を振ってから頷いた。


「わかった。魔物に死体を損壊されないように、その場で見張っているんだ」


 引き返して階段を下り始めたエルハを先頭とし、アランがその後に続く。スバルも姫君とともに階段を下りた。


(地上に出たら失格になるリスクがある。そもそもチームが別行動をとること自体がかなりまずいはず。なのにこれか……。死体を見て動揺したのか? 罠でないとすれば、かなり純朴な性格だな)


 後続チームに助けを求めに来たというよりは、主催側の指示を仰ごうとしていたように見えた。だが、アランが止めなければ、エルハはそのまま失格となり、護衛対象の元に戻れなかった可能性が高い。

 考えが浅いのか、罠なのか。まだ見極めがつかない。

 

 地下迷宮は、ほの明るくしばらく一本道が続く。

 脅威の気配もなく、四人とも早足で駆けていた。

 最後尾の姫君が、スバルに追いすがって声をかけた。


「十五番目、二十番目。死体をあらためて、その前が何番目の組かわかれば、法則性が掴めるかしら」

「もし法則があるなら、な」


 推測しかできないが、入口が複数というのは確信している。下層に下りて本格的に迷宮に足を踏み入れたら、とにかく効率よくアキラを探す方法を考えなければならない。


(効率……)


 見透かしたように、姫君が言った。


「あなたたちは、候補者アキラと合流するつもりなの?」

「そのつもりだ。レグルスの出方にもよるが」

「仲悪いのよね」


 スバルは唇を微かにひくつかせて、横につけている姫君に視線を流した。


「何か言いたいことがあるか」

「別に。人間と争うつもりはないと言っていたのは、信じるわ」

「なるほど。姫君はこの機に潰したい相手はいないのか。或いは、騎士団長や魔導士長が動くのか」

「それはミユキ次第でしょうね。少なくとも私は指示を出していない」


 ツンとまなじりの上がった横顔を見てから、スバルは前方に視線を向ける。


(誰がどこまで本音で話しているかわからないって状況は、面倒くさいな)


 ふと、前方の通路が二手に分かれているのが目に入った。


「左です」


 エルハが言いながら、速度を落とす。

 角を曲がった先を警戒しての仕草だろう。


「姫」


 スバルもまた低い声で呼びかけて、同時に速度を落とした。

 アランはまったく躊躇せずに、加速して走りこむと、剣を抜いていきなり右手の通路に飛び込んでいった。


 ギャアアアアアアア


 すぐさま、獣じみた咆哮が上がる。

 その凄まじさは断末魔を思わせた。


「……ええ!?」


 変な声を上げたエルハに追いつくと、スバルがその肩に手を置いた。


「魔物いるみたいだな。剣抜かないの?」


 その間にも、グギャッ、ゲエッ、オオオオォォ!! と、悲鳴が轟いていた。


「言っとくけど、あんたに背中を預ける気はない。アランの加勢に入ったところで、後ろから刺されるのはごめんこうむる。助けに行く気がないなら、一人で左の道へ行け。心配しなくても、片が付いたら追いかける」

「いや……、行くけどよっ」


 冷たい言葉にややひるんだ顔を見せていたエルハであったが、腰に帯びていた剣をすらりと抜いて駆け出した。

 しかし、右の道へ飛び込む間もなく、歩いて戻ってきたアランと鉢合わせていた。


「さて。後ろを気にしないで進みましょう」


 アランは、まったく息も乱さずににこりと微笑んでいる。


「あれを一人で……?」


 アランの背後を覗き込みながら、エルハが恐々と言った。魔物の死体が山積みになっている。


「だいたい、どういう魔物が生息している場なのかはわかりました。あなたの護衛対象の元へ急いだ方が良いのでは?」


 冷静な指摘に、エルハは驚きの表情を保ったまま、がくがくと頷いた。


「わ、わかった。そうだな。あんたがいてくれて助かった。急ごう」


 左の道へと進んで行く。

 アランは一度だけスバルに目配せをして、小さく頷いてからすぐに背を向けた。


「オレが最後尾になるから、姫は先に」


 スバルが言うと、胸の前で拳を握りしめていた姫君が、ふっと小さく息を吐く。呼吸を止めて見守っていたらしい。


「わかったわ。先に行きます」


 姫とともに左の道に曲がりながら、スバルは進まなかった右の道へと目を向けた。

 転がる魔物の死体を見つめてから、その先を見つめて耳を澄ます。


 微かに風を感じた。


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