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7 地下迷宮へ※

 森の中では魔物の出現率が上がる――。

 ということは、特になかった。


(これだけ守りが手厚いうちに戦闘の一回や二回あれば経験値が入ってわたしのレベルもぱぱぱーっと)


 もくろみは儚く散った。


 事前に枝葉も切り払われていたのか、外から見た森の様相に反して歩きやすい道であった。

 頭上から光も射している。

 そこが世界でも有数の危険な魔物の生息域であるとは思えぬほど、のどかであった。


 兵士は前に二人、後ろに三人。横にはレグルス。

 気を許せる相手は一人もいないが、少なくとも安全は確保されている。

 アキラは辺りを興味深く見回しながら歩いた。草木の知識がないのが残念だった。

 途中、道が二股に分かれていたのは気にはなったものの、兵士は迷うことなく左側に進んだ。

 それまで一言も言葉を交わしていないレグルスをちらりと見たが、表情にはなんの変化もなかった。


挿絵(By みてみん)


 やがて、深い緑の木々に囲まれた、石造りの祠が見えてくる。

 そこで兵たちに声をかけられ、携行用の食糧を受け取った。翌日の朝までと考えれば、昼と夜の二食。ただし、少し考えたレグルスが「各自二人分ずつ」と言った。パンやビスケット、干し肉のセットということで、それほど重いわけではない。

 帆布製のような薄く丈夫そうなリュックに兵士が詰めようとしたとき、アキラが言った。


「わたしが持ちます。全部そこへ」


 食糧に加えて水筒二本も入るが、持てない重さではない。レグルスから視線を感じた。


「……何か?」

「特に何も言っていない」


 それが初めて交わした会話となった。


 兵士たちに別れを告げて祠へと歩み寄る。

 足元は白っぽい石造りで、ドーム型の円天井にゆるやかに至る壁には、幾何学模様を描くように青いタイルとピンクや黄色のガラスが埋め込まれていた。

 カラフルな光がまだらに降りそそぐその場所は、魔物ひしめく地下迷宮の入り口とは思えないほど明るい空気を漂わせている。


「綺麗なところ……」


 頭上を仰いで吐息したアキラの横を、黒衣の魔導士がすっと通り過ぎて行く。

 下へと向かう階段を、躊躇いなく下りていく。置いていかれる、とアキラは小走りにその後を追った。

 陽の光が届かなければ暗いかと思ったが、壁が淡く発光しているような道が続いており、明るくはないものの視界はさほど悪くない。

 ただし、温度はぐっと下がった。

 仄暗い奥から冷気が吹き付けてきて、アキラは軽く身を震わせる。


「言っておくが。俺を撒こうだなんて、つまらないことは考えるなよ」


 背後に追いついたところで、振り返りもしないレグルスにやけに冷たい声で言われた。


「まく……? ああ、食糧を全部わたしが持ったからですか。これは、わたしが戦闘では役に立たないのを知っているからです。せめて、あなたには出来るだけ自由に動いてもらいたい」


 早速、不信をぶつけられているのを感じて、アキラはつとめて冷静に言った。

 しばらく一本道のようだった。魔物の気配はまだない。

 レグルスは急いでいるようには見えないが、足の長さのせいか歩みは早かった。

 一方のアキラは、もともと早足気味に歩くところがあり、速度的にはちょうど良い。

 肩を並べて前方を見ながら、口を開く。


「方針を話し合いませんか」


 レグルスが、横目で見下ろしてくる。


(うん……。迫力があると思っていた気のせいじゃなかった。スバルやアランも背が高かったけど、このひともすごく大きい)


 甘えるように見上げていたミユキの横顔を思い出しつつ、アキラは表情を決めかねて中途半端な薄笑いを浮かべてみた。レグルスはふいっと視線を前方に戻した。


「試験に出るとか出ないとかぐずぐずしていた候補者に興味はないが、無事に連れて帰らなければ失格らしい。手を抜くつもりはないが、戦闘に参加しないわけだし発言権も当然ない。黙って歩け」


(か、感じ悪~~~~)


 視線を向けても知らぬ顔だ。こうまで前後の見境なく他人に冷たく当たる人間とは一体。

 たとえ気に入らないにしても、もっと他に言いようがあるのではないだろうか。大人なのだし。


「二人で行動するんですから、発言はします。まず、わたしは対人間での戦闘を望んでいません。極力避けてください。というか、こちらから攻撃するのは無しです」


 レグルスから返事は得られない。

 それでもめげずにアキラは話し続ける。


「それと、もし知っていることがあるなら教えてください。あなたに万が一のことがあったら、わたしが判断を下す場面もあるでしょう。わたしはあなたに命を預けますが、思考を明け渡すわけじゃありません。課題クリアの為にわたしはわたしで前向きに考えますので、話せることは教えてください」

「なぜ」


 ぽつりとレグルスが呟いた。

 間を置いてから続けた。


「なぜ俺と話そうとする? 何か探りたいなら無駄だ、やめておけ」

「嫌です」


 反射で答えて、アキラは早足でレグルスの正面に回り込んだ。


「先に出発した組についていた兵の皆さんを見かけませんでした。引き返してきてすれ違うということもなかった。だとすれば、道が二股に分かれていたのには大きな意味があります。もしかして、迷宮の入り口はここ一つではないのかもしれない。わたしは、そういうことを、あなたと話し合いたい」


 レグルスが眉をひそめた。

 吸い込まれそうな黒の瞳が見ている。

 アキラはぐっと奥歯を噛みしめ、一歩踏み出した。


「あなたの本来の仕事はミユキさんを守ることでしょう。そんなこと、わたしだってわかっています。でも、こうなってしまった以上、腹を決めてください。チームなのですから、会話をしましょう。言いたくないですけど、あなたがたの事情のせいで、このチームは一人足りない。あなたと、わたししかいない。不利を補うためにも、あなたはわたしに協力すべきです。それとも、おだてなければ動けないひとですか? わたしに機嫌をとってもらうのを期待していますか?」


 結構、頭にきていたらしい。

 話し始めたら止まらなかった。怒涛のように溢れて来た。


 たぶん。

 自分でも気づかないうちに、参っていたのだと思う。


(スバルじゃない。アランじゃない。わたしだって、言っていいなら言いたいよ。あなたじゃないって)


 睨むアキラを見返す瞳には、ろくな感情が浮かんでいなかったが。

 ふっと唇から息がもれた。


「少し……、印象が違う」

「印象?」

「覚悟の決まっていないガキが紛れ込んで、どうするつもりなんだと苛立っていた。悪いな。たしかに俺は不機嫌になっていた。そこは謝る」

「あや……謝る!?」


 思いっきり聞き返してしまった。

 レグルスはまっすぐに目を見返してくる。

 はじめて。

 視線がしっかりと結ばれた。


「お守りするはずの相手に、お守りされるとは。自分の機嫌くらい自分でどうにかするよ」


 ほんの一瞬、目元に笑みを滲ませてそう言ってから、レグルスは歩き出す。

 立ちはだかっていたアキラの横に並んで、顔を向けてきた。


「アキラといったな。スバルやアランに(そそのか)されて連れてこられたのかと思っていたが、納得はしているんだな?」

「昨日はお騒がせしてすみませんでした。今ここにいるのはわたし自身の意志です」


(正直、ここまで危ない試験だとは思っていなかったんですけど……)


「あなたはそれを気にしていたんですか? やる気のない候補者と組まされたのが嫌だった?」

「嫌がるガキを引きずってきて、スバルは何やってるんだとは思っていた」

「スバルはきちんと仕事をしていますよ。仲が悪いとは聞いていましたけど、あなたの性格にもだいぶ問題がありそうですね」

「なんだと」

「ごめんなさい。びっくりして口がすべりました」


 勢いがついていたせいで、思った以上に言いたいことを言ってしまっていた。アキラはわざとらしく口元をおさえる。

 レグルスは溜息とともに歩き出した。


「迷宮の入り口が複数あるという推測だが、俺も同意見だ。さほど間隔を置いて出ていないはずなのに、誰にも会っていない。最低でも三つ以上はあるだろう」

「だとすると、この辺で待っていたからといって、後続組とうまく合流できるとは限らないですね」


 レグルスの横について、アキラも歩き出す。


「入口が複数だけならいいが、迷宮が複数だと厄介だな」


 アキラが見上げたとき、レグルスも同時に視線を向けてきていた。


(迷宮が複数……。そんなことはないと思いたい。けど、もしそうだとすると絶対にスバルたちとは合流できないかもしれない。レグルスはミユキと合流する気はあるんだろうか。そもそも他チームとエンカウントした際の対応はどう考えているんだろう。カタリナ家は、ここで対立する相手を潰すつもりはあったんだろうか)


 あなたはどうお考えなのですか。

 聞きたい。

 けれどそれを聞いて、果たして答えてくれる気はあるのか。


 正直に話すのは、ある意味では楽だ。

 自分は何も隠していない。やましいことなどない。そう、自分自身に言い訳ができる。

 何かあったときに、悪いのは相手だと言える。

 ただし、それが死ぬ瞬間なら手遅れだ。

 正しくても、恥じることなくても、負けてしまえば自己満足と引き換えにすべてを失いかねない。


「人間とエンカウントしたくない場合は、どういう方法が考えられますか」


 アキラの問いに対し、レグルスは速やかに答えた。


「できるだけ速やかに下層に行く。奥に行けば行くほど、魔物との戦闘回数は多くなり、復路も長くなるから危険が増す。レベルの低い護衛や安全策を講じるチームは避けるだろう」

「……それでお願いします」


 自信のある護衛ならば同じ作戦を取るはず。

 もしアランとスバルと合流する望みにかけるならば、ぐずぐずしないで他のチームが行かないような場所へ行ってしまった方がいいかもしれない。


「俺に命を任せると言ったのは嘘じゃないのか。それともただの恐れ知らずか」


 言いながら、レグルスがローブの裾を翻して前に立つ。

 ヒタ、といくつかの足音が前方から近づいて来ている。


「来るぞ。怪我には気をつけろ」


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