2 神速の剣士
晴天の下、鬱蒼と茂った森の入り口には、すでに十組ほどが到着していた。
ミユキや姫君のチームも来ている。
「今回の参加は二十組ということですね。有力な候補者は十にも満たないと考えていますが」
ざっと見回してアランが落ち着き払った声で言った。
その間にも、ぞろぞろと他の組も到着する。
「アキラ、すごくガチガチになっているぞ」
スバルにぽん、と背中を軽く叩かれた瞬間、アキラはその場で軽く飛び上がりそうになった。
あやしい挙動をした拍子に、ベルトにひっかけたナイフの重みを意識してしまう。
「緊張していますね」
アランに穏やかに指摘され、ごまかしきれずにひきつった薄笑いを浮かべた。
スバルにはまじまじと顔をのぞきこまれる。
「怖いのか?」
困ったような微笑のまま、アキラはなんとか言葉を探した。
「わたしの知識や能力は問わないと言われた時点でペーパーではないとは思っていました。だけど『護衛が付く』『死ぬこともある』って聞いて漠然と思い浮かべていたのって、山登りや大自然でのサバイバルだったんです。野生の獣がいるのかなって。魔物がいるのと、回復魔法が存在しないのが予想外というか」
――魔物がいないなら、どうして『魔物』についてご存知なんですか?
異世界人からのもっともな問い。
何か認識に大きなズレがあると気付いて話をすり合わせたところによると、この世界に魔物はいる。
しかもどう聞いても現在地はいわゆるスタート地点、序盤ではない。
いうならば。
(ラスボスダンジョン直前の町……!!)
「心配いりませんよ。私はもともと護衛が仕事なので、あなたのことは何があっても守り通します」
猛々しさや荒々しさとは無縁のアランがふわりと笑う。
「はい。ものすごく頼りにしています」
「ナイフも護身用で一応渡したけど、使うことはないと思うぞ。オレもいる」
反対側からスバルにも言われる。
実際、よそのチームからも視線を感じている。アキラが候補者唯一の「男性」であるという点もさておき、明らかに護衛二人が注目されている。「あれって」「まさか」みたいな声も聞こえる。ガン無視を貫いているのは、もともと顔見知りらしいミユキのチームと、姫君チームくらいではないだろうか。
とはいえ、そっぽを向いているのは黒衣の魔導士で、ミユキ自身はアキラが視線を向けたタイミングでおっとりと微笑みかけてきた。
(……うん。清楚で可憐。いくら「聖女」候補とはいえ、あんな戦闘力ありそうにない女の子が魔物ひしめく危険な場所に行くなんて大丈夫なんだろうか)
それを言ったら、明らかにアキラよりも年下のように見える少女の姿もちらほら見える。素養があると判断される年齢が十歳を過ぎてからということで、本当に小さな子はいないようだが。
昨日はドレス姿の少女たちが多かったが、さすがに今日は誰もが動きやすそうな服装だった。
「おかしいですね。カストルが来ていない」
辺りを見ていたアランが、ミユキのチームに目をとめて言った。
「弟分か。銀髪の」
スバルがつまらなそうに言うと、アランは「聞いてきますね」と言いながらミユキのチームの方へと歩いて行ってしまった。
進路にいるチームがさりげなく道をあけている。
「弟分というのは?」
「同郷だって聞いた。将来有望らしいぞ。カタリナ家が目を付けるだけのことはある、と。アランはかなりかっているらしい」
アキラが尋ねると、スバルが森の奥に目を向けつつ答えた。ぱさぱさと羽音をたてて鳥が空へと飛び立った。
とん、と地面が揺れた気がする。錯覚かもしれない。
(あのチームで唯一こちらに愛想良かった銀髪さんだよね)
アランに対して、ミユキが微笑みながら何か答えている。その笑顔には少しの曇りもない。
納得する答えを得たようでアランはすぐに引き返してきた。
「腹痛らしいです。今日の試験は不参加とのこと」
「え……、いきなり護衛が一人欠けているってことですか? 大丈夫なんでしょうか」
反射的に聞き返してしまったアキラであったが、アランは「そうですね」と何やら考えている様子で目を伏せた。
スバルもまた「不参加ね……」と唸るように呟いている。
トン、トン、と地面を振動が伝わってきた。地震だろうか。まだ心配するほどの揺れではない。
「どうしたんですか……? カタリナ家が不利になっているだけのように感じるんですが」
これまでとは空気が違う二人の様子をうかがう。何か嫌な展開を想定しているようにしか見えない。
スバルまで緊迫したそのとき、地面からドスン、という振動が伝わってきた。
なんだろう、と思う間もなく、空気を震わすほどの鳴き声が響き渡る。
《ギエエエエエエエエエエェ》
(動物園でも聞かないような声だね!!)
森へと目を向ければ、予想をまったく裏切らない巨躯の魔物が飛び出してきたところだった。
「ドラゴン……!!」
およそこれまで見たどんな動物よりも大きい。
青みがかった鱗のような肌とたてがみを持ち、鋭い爪を振りかざしながら空へ向かって咆哮した。
《グオオオオオオオオオオオオ!!》
「ドラゴンって二足歩行なんだ……!」
よくわからない感想を口走るくらいに動揺してしまった。
どこのチームも、護衛がさっと前に出て候補者を守る姿勢を見せている。
表情は一様に厳しい。
(完全にこれ、強敵ってことだよね……!!)
わかるわかる、これで雑魚だったらむしろどうしていいかわからないし、と謎の共感を示して意味もなく頷くアキラの前に。
アランが進み出た。
「いってきます」
「おう」
余裕そうなスバルの返事。
「ひ……ひとりで? 怪我したらどうするの? スバル、魔法で援護とかするの? よそのチームも加勢に入ってくれるのかな?」
明らかに人間とはサイズ感の違う敵を前にしているアランの背中を見ていると、まくしたてずにはいられない。
だが、見たところ他チームに動きはない。
(そりゃ、試験を前に対立チームが消耗してくれたら願ったりかなったりかもしれないけど!? なんで誰も動かないのかな!? 生死がかかってる場面だよね!?)
「あの、ドラゴンってどうやって戦えばいいんですか? 素人すぎてわからないんですけど」
「大丈夫だよ。見てな」
いてもたってもいられずにスバルの袖をつかんで引っ張ると、逆にその手を捕まえられてしまった。
(怖くて無理)
動悸までおかしくなりながらも、逃げている場合ではないとなんとか目を向けると。
剣を抜いたアランが、凄まじい速さでドラゴンのもとに走りこんでいた。
神速。
見ているアキラが息つく間もない素早さで地を蹴って飛び上がり、一閃。
「魔物も生き物だから、怪我で消耗すればいずれ死ぬ。だけど、身体のどこかに核があって、そこを正確に攻撃すれば一撃必殺も可能だ。心臓を狙うようなものだと思ってくれていい。アランレベルになると、まず外さない」
スバルの解説する声にかぶさるように、どうっと巨体が倒れこんで大地を震わせた。
「あの……、たとえばレベルの上限が99だとすると、アランさんのレベルってどのくらいなんですか」
「なんでそんな中途半端な上限なのかわからないけど。そうだな。90ってとこじゃないか」
(……クリア後やることがなくてひたすらレベリングしているくらいの強さだ……)
他チームの護衛も明らかにひいた顔をして見ている。
ひかれるほど頼もしい人が自分の護衛だということはよくわかった。
悠々と戻ってきたが、息をきらすこともなく、汗の一粒を浮かべることもなく。
「軽い準備運動ですね」
柔軟体操終わりました、程度のノリで言ってくる。
「さすが。掛け値なしの強さは、噂以上ですね。アルデバラン陛下」
声が聞こえて目を向けると、豪奢な銀髪は結い上げて、動きやすそうなジャケットにズボンを身に着けた姫君が歩み寄ってきたところだった。
(アルデバラン……? 陛下……?)
「アランで結構ですよ。この国には一介の傭兵として来ているので」
なんの裏もありませんという爽やかさでアランが答えている。
「スバル……、理解が追いつかなくてごめん。アランって……何?」
(士官学校卒のエリートとか、当たり障りない経歴しか聞いていないような気がするんだけど?)
手を掴まれたまま、近い距離からスバルの顔を見上げると「何……か」と首を傾げながら見返された。
「戦闘集団、傭兵の国ヤジドの現国王陛下だよ。五年前、二十歳そこそこの若さで実力で王位についてるから腕は相当なはず。たぶん現時点で地上で一番強い剣士だと思う」
アキラは、アランの絵に描いたような人畜無害スマイルをぼんやりと見つめてしまった。
(なんで……? そんな人を護衛につけられるアリアド家ってなんなの……?)




