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1 試験直前

 聖女試験。


「試験では『何を』するのかは機密とされているので、参加者も事前に内容は知らないのです」


「そもそも、開催自体が稀だ。前回は五十年前。世界に危機が迫っているときに、王宮の裏手にある大樹『世界樹』から指令が下るとされている。とはいえ、五十年前に何かそれらしい危機が起きた気配はない。案外、聖女が引退して少し間を置いてから誰かが『聖女不在もどうか』と言って始めるんじゃないかと思うけどね」

「もしくは、聖女が仕事をした結果、一般の目には危機が『無かった』ように見えているのかもしれませんが」

「そうそう。公開情報が少ないからなんとも言えない」


 人の出入りが多く、ざわついた朝食の席でアランとスバルが復習がてらアキラに説明する。

 手を止めないで、と言われたので白いパンにかぶりつきつつ、飲み下してからアキラは言った。


「五十年前にも開催されたということは、アリアド家のこの候補者は、一度飛ばしているということですか」

「それが、八十年前にも開催されているんだ。二回飛ばしていることになる。理由は知らない。『男性である』という記録があったせいで、目覚めなくても不問にされたのかもしれない」


 すかさずスバルに言われて、アキラは粒コーンの浮いたクリームスープをスプーンで飲む。今のところまったく未知の食材には遭遇していないので、案外元の世界と共通点が多そうだ。時間の概念も軽く確認した限りでは大きく変わらない。百年はイメージ通りの百年。「魔法」という概念がなければ、地球とさほど変わらない印象の世界。


「二人が起こしてくれないと、このひとはあのままずーっとガラスの棺桶で寝ていたかもしれないんですね」

「起こしたというより、起きたんだけど……ま、いいや」


 スバルが適当に話を切り上げた。


「そんなわけで試験内容はわからない。けど、候補者に限って言えば『聖女』の素養があるとはいえ、力が開花しているわけでもないし、それほど個人差があるとは考えていない。若干有利なチームもあるにはあるけど」

「どういう意味ですか」


 尋ねて、スクランブルエッグを一口。

 スバルの説明をアランが引き継ぐ。


「まだ他の候補者の情報が出揃っていないのではっきりとは言えませんが、昨日見かけた王家のコール・カローリ姫、そしてカタリナ家のミユキ嬢はその例に該当しますね。『眠り』を経ていない現代人なので、知識や情報にラグがない。護衛との信頼関係も築いているでしょうし、細かい人間関係や勢力図もあらかじめ把握しているでしょう。もしかしたら、試験の内容すら何らかの方法で」


 そこまで言って、アランはこれ以上は、というように閉じた唇の前に指を一本立ててみせた。


(『眠り』を経ていない……、なら、中の人が異世界人である確率は低そうなんだけど。どうなんだろう)


 パンの最後の一かけらを飲み下し、コップ一杯の水をあおる。


「行くぞ」


 護衛二人は、交互に話しながら、きっちりと食事を終えていたらしい。待ち構えていたかのようにスバルが声をかけてくる。

 アキラは周囲を気にしつつ、小声で「あのね」と言った。両サイドに座っていた二人が、同時に軽く身体を傾け、顔を寄せてくる。


「今の話を聞く限り、ミユキさんの中の人がわたしの知り合いの線は弱いかもしれない。そうだとすると申し訳ないから、疑うのはわたしだけに任せて。二人は公正な目で見て、フラットに考えて欲しい。個人的恨みがあるわけでもないし、チーム全体でカタリナ家に敵対するのは良くないと思う」


 ほんの少し間があったので、アキラは二人の様子をうかがおうとした。

 先に目が合ったのはスバルで、珍しく鋭さのないぼさっとした表情で見返されてしまった「ん?」とアキラが小さく首を傾げると、口の動きだけで何かを言われた。


「今、なんて言いました?」

「べつに。独り言」


 不思議に思いつつアランに目を向けると、にこっと微笑まれる。


「私達の主目的は、あくまで試験ですからね。私もスバルも、全方位に目を向け、いろんな観点から作戦を立てていきます。ミユキ嬢の性質に関しては、もちろん注意してみていきますが、それは他の候補者も同じです。そういった意味で、私やスバルは、もとよりミユキ嬢を特別扱いする気はありませんので、ご安心ください」


 さらりと言われて、アキラはアランの目を見ながら何度か頷いてしまった。


「そう言って頂けるとほっとします。思い込みで視野が狭くなるのが嫌なんです。もっと大切なことを見落としちゃうかもしれないし。二人がわたしと違うものを見ていてくれる方がいいです。わたしなんか作戦を立てようにも、何を見ればいいのか全然わかっていませんし」


 百年のタイムラグがある。

 というこじつけで、当面の間は世間ずれ具合を押し通せると二人には言われているが、そもそもこの世界に対しての知識が欠けている。百年前の人間なら百年前のことには詳しくなければいけない気がするのだが、そういうわけでもない。

 周りでざわざわと人が移動している気配がある。


「……少し急ぎましょうか」


 周囲に視線をすべらせたアランが呟き、立ち上がる。


「今日はこの宿舎の裏側の森の入り口に集合という話だ。それで試験内容はだいたい想像つくんだけど。怪我にだけは気を付けろよ」


 アキラとともに立ち上がったスバルが、つまらなそうに言ってくる。


「怪我って魔法で治せるんですか?」


 だったら便利だなーとアキラが尋ねると、スバルが椅子を戻しながら視線を流してきた。


「できない。治癒魔法が使えるのは『聖女』だけだ。この世界にはいま聖女不在だから、使える人間は誰もいないということになる。大きな怪我をしたら、その時点で試験からは外れることになるだろう」

「なるほど! 聖女っていまいち何者かわかってなかったんですけど、それはすごいですね!!」


 一気に何かが腑に落ちた感覚があり、アキラはつい声を弾ませて言ってしまった。 


「とはいえ、候補者は素養があるというだけ、選ばれたただ一人が『世界樹』との結びつきを得て聖女の力を得る。しかし聖女の能力に攻撃的な魔法があるとは聞かないし、いきなり強靭な肉体になるわけでもない。だからたいてい、試験のときの護衛がそのまま守護者となって聖女が引退するまで付き従うことになる。聖女ともなれば、危険な場所に出向くこともあるから」


 さらりと言われた内容に、アキラはさらに「なるほどー……」と呟く。


 ――護衛が守護者となって聖女に付き従う。


 つまり、もし仮にアキラが「聖女」になった場合、スバルやアランとの関係はこの先数年、数十年と続くらしい。二人のアキラに対する親切には、内心戸惑うことも多かったが、少しだけ理解できたかもしれない。おそらく、護衛を引き受けた時点で彼らは未来を見据え、アキラを「聖女」同等とみなしているのだ。


(候補者の護衛って、そこまで重い責任と覚悟を負うことなんだ)


 異世界人で、いつまでいられるかもわからないから、と。

 何かと躊躇いがちなアキラに対しても、二人の態度が揺るぎない理由の一端が垣間見えた気がする。

 アランが食器やトレイを下げて戻ってきた。三人で連れ立って歩き出しながら、アキラはふと気づいた。


(「危険な場所」って何? 紛争地帯とか? 治癒魔法を持っているから?)


 どこのチームも食事を終え次第、食堂を出て行く。

 その流れに乗りつつアキラはぽつりと言った。

 

「そもそも、護衛はどんな危険から候補者を守るんでしょうか。この世界にある『危険』って?」


 昨日の二人の警戒ぶりを見る限り、暗殺のようなものを意識しているように見えた。

 だが、「聖女試験」で、果たして人間同士が直接切り合ったり攻撃し合ったりする場面があるのだろうか?


「『危険』は『危険』ですね。脅威とでも言えば良いでしょうか」


 アランが軽く目をしばたいて答えてくる。


「脅威って、この世界には何か人類の敵でもいるんですか? 魔物みたいな」


 これまでのところ、そのようなものは目にしていない。

 それほど元の世界と違わないとすら認識していた。

 なので、アキラは軽い話のきっかけ程度にそう言った。 

 アランとスバルが顔を見合わせる。

 何か目配せを交わしてから、スバルが口を開いた。


「アキラの世界には魔物がいないのか?」

「え?」


 何を言っているのだろうと聞き返したアキラに対し、アランが不思議そうに言った。


「魔物がいないなら、どうして『魔物』についてご存知なんですか?」

「……え?」


 魔物がいないなら?

 ものすごく核心をつかれたような気がしつつ、アキラはおそるおそる聞き返した。


「いるんですか? ドラゴンとかゴブリンとかオークとか!?」


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