聖女には向かない理由※(前編)
「北の雄、アリアド家の候補者でありながら、聖女試験を辞退すると、まさか本気で言っているのか!?」
聖女試験の責任者であるウォルフガング王子を前に、内心逃げ出したい気持ちいっぱいながら、アキラはあえて深く呼吸をして、微笑んでみせた。
「男なので。『聖女』には向かないかと」
後ろに控えた二人組は片膝をついて頭を垂れたまま、微動だにしない。
護衛のアランも、魔導士のスバルも、言いたいことはたくさんあるだろうが、「辞退」はこの日まで話し合って決めたことだ。
「たしかに、君は男に見えるが……。なぜ百年前、アリアド家は君を候補者にしたのか。聖女としての素養があったとしても、『男』では……。封印の魔法も何故作用してしまったのか」
「済んだことですよ。わたしは気にしていません。ただ、この場を見渡しても『聖女候補』は皆さん女性の方ばかりです。男のわたしがここにいることに戸惑っている方もいらっしゃるでしょう。辞退をお認めくださいますよう、お願い申し上げます。わたしは『聖女』にはなれません」
国の守護者たる「聖女」を選抜する為の試験。
「世界樹」が「聖女」を必要とするタイミングに合わせて行われる為、「聖女の素養あり」とみなされた少女は、「その時」まで魔法によって眠らされることになる。十年、二十年、百年、長ければそれ以上……。
封印されている期間は、魔法が生命維持を担うので世話をする必要はないものの、周囲はまったく無防備な状態にある少女を有形無形の悪意から守らなければならない。
これがなかなかに骨が折れる仕事であるために、一つの村や町で出せる聖女候補はせいぜい一人。
しかも「聖女試験」は、候補者と、護衛剣士と、魔導士の三人一組が基本。「その時」に優秀なサポート役二人をつけられなければ、勝ちは見込めない。
「聖女」を輩出すれば、多くの見返りが期待できるとはいえ、勝ち目の薄い賭けのようなもの。「候補者」として試験の場に送られた時点で、すでにそれだけの難題をクリアしてきていることになる。
一方で、代々続く名家など、資金や人材に関して百年単位で安泰な家は、素養ありの中でもこれはという女子を一族の中から見繕って「眠り」につかせている。しかも「その時」には選りすぐりのサポートをつけて万全の体制で候補者を出してくる為に、始めからすでに優位に立っているという。
(今回で言えば王家からも『聖女候補』が出て来るっていうし、候補者は潤沢にいるっていうからわたしが辞退しても何も影響ないはずなんだよね)
本来ならかなり優位に立てる「アリアド家」の候補者で、サポート二人も申し分ない人間を用意されていたものの、アキラの気持ちはすでに非戦状態。
理由その一。そもそもアキラはこの世界の人間ではない。
百年前「眠り」につかされた「聖女候補」が目覚める際に、何かの手違いで現役女子高生だったアキラの意識だけが候補者の身体に入ってしまったらしい。
元の世界で自分がどうなったのかはよくわからないが、戻れるなら戻りたいと思っている。
理由その二。たぶん、この候補者を眠らせていたアリアド家自体が、聖女試験参加を望んでいない。
アキラ自身はこの肉体が「女性」であることを確認しているのだが、百年前のアリアド家の記録上、眠らされたのは「男子」となっているのである。それを理由に聖女試験を辞退するのもありだろう、と。
幸いというべきか、十六、七歳とされる少女の肉体でありながら、女性らしい体つきとはやや言い難いものがあり、顔立ちも細面で中性的なので「男性」でぎりぎり通せる要素は備えていた。
(この肉体の、本来の持ち主の精神がどこに行ってしまったかはわからないけれど……。百年眠りについて起きたら周りは知らない人間ばかり。それで「とにかく試験で勝ってこい」と言われたら、自分の存在価値はそれだけなのか、って追い詰められるかも……。誰かがそう考えて、眠りにつくのは避けられないにしても、「聖女」に縛られなくてもいいって道を残してくれた……?)
代わりに、男性として生きなければならないようだが、それはそれ。
以上の理由により、アキラは「候補者」の集う場で、試験の責任者である王子に辞退を申し出たのである。
さらっさらの銀髪に透き通るような翠色の瞳。白皙の美貌といって差し支えない顔立ちから、威風堂々とした立ち姿まで何もかも王子様然としたウォルフガングは、アキラの申し出に対して当然のように眉を寄せた渋面となっていた。
本来なら有力な「聖女候補」が欠けるのだ。最終的に選ばれるのは「一人」にしても、試験の結果次第では補佐の巫女やら王宮の要職やら様々な道が開かれるという試験だけに、開催側とて優秀な人材を確保しておきたいというのは当然の心理。
(とはいえ、わたしは有力候補の名門とはいえ、中身は異世界人ですからねー! いつこの世界からいなくなる存在かもわからないですし)
やや長い沈黙の末に、ウォルフガングは溜息をついた。
「わかった。たしかに、『男性』の前例はない以上、君の申し出ももっともだ。私の一存ではすぐに辞退を受けかねるが、善処しよう」
「無理を聞いていただいてありがとうございます」
アキラもまた、ほっと息を吐いて心から礼を述べた。
安堵の為に頬が緩んでしまう。
どこか迷いのあるまなざしを注いでいたウォルフガングは、その表情を見てかすかに首を傾げた。
他の候補者チームたちの視線が集まる中、すたすたと距離を詰めて、アキラの目の前に立つ。
(なんだろう?)
近くで見ても天使絵とか彫刻みたいな人だな、とのんきに考えているアキラの頤に手を伸ばしてぐいっと掴んできた。
「ずいぶん綺麗な顔をしている。本当に男か?」