3町の人々は普通でした
二人についていくこと、数十分ほど。すでにカナデはへとへとになっていた。普段は会社の事務員として働いていた身としては、少し歩くだけでも疲れてしまうほどの体力のなさだった。いい加減、あとどれくらいで町とやらにたどりつくのか聞こうと口を開きかけたが、その言葉が実際に口に出ることはなかった。女性二人が文句を言わずに歩いているのに、自分が弱音を吐くわけにはいかないと思って我慢していた。
「ここだ。結構にぎわっているでしょう。」
「ああ、やっとたどり着いたねえ。エミリア、もうへとへとだよ。早く宿に入って休みたい。」
「はあ。」
とうとう目的地である町にたどりついた。そこには、露店が道の両端に所狭しと並んでいた。行きかう人は多いが、カナデの目に入ったのは、人々の容姿だった。
「モブたちは普通の髪色と瞳の色、それに露出はしていないんだ。」
町の人々は、イザベラやエミリアのような派手な髪色、瞳の色をしていなかった。茶色い髪に茶色い瞳が多かった。中には赤っぽい髪の色や、金髪もいたが、おおむね目立つような色を持つ人間はいなかった。服装は普通だった。女性はひざ下まであるスカートにブラウス、男性は白を基調とするシャツにベージュのズボンをはいていた。カナデを案内してくれた二人の女性のような過激な容姿と服装のものは見当たらなかった。
「やはりというかなんというか、黒髪黒目はいない、か。」
はあ、とため息をつくカナデはあきれていた。あまりにも今まで読んできた異世界転移・転生物の設定をなぞっているということに、戸惑いを隠せなかった。
「モブとはいったい何のことでしょう。それに黒髪黒目とは……。」
カナデはこの世界に来てからの自分は、心の言葉が口から出てしまうことに気付いた。気をつけないといけないと気を引き締めることを心に誓った。
「いや、別に今のはただの独り言です。気にしないでください。」
「そうですか。では、私たちはここで今日の宿と食料を調達していきますが、カナデはどうしますか。見たところ、お金を持っているようには見えませんし、その格好から見るに、この辺の住人ではないようですが。」
「また面倒事を抱えようとしている。イザベラ、そういうお人好しなところを直さないとそのうち痛い目見るよ。」
カナデはしばし考える。女神にこの世界に呼ばれた理由はわかっているので、元の世界に帰りたかったら、その理由とやらを解決するしかない。そもそも、元いた世界に帰ることはできないということも覚悟はしていた。とはいえ、目的を果たさないことには、戻ることもできないし、この世界に自分がいる意味がない。
まずこの世界の情報が不可欠。カナデは人見知りで、本来、初対面の相手とすぐに仲良くなる術を持っていない。教室の隅で一人寂しく過ごすような暗い学校生活を送っていたのだ。よく社会人になり、正社員として仕事をしていると自分をほめたくなるほどのコミュ障だった。しかし、どうも、異世界に行くと、コミュニケーション能力は自然と身につくものらしい。
カナデも例外ではなかったようだ。口からはすらすらと言葉が紡ぎだされる。
「すいません。実は、イザベラさんの言う通り、私はこの辺の人間ではなくて、よろしければ、一晩だけ一緒に過ごしていただけないでしょうか。」
カナデは自分の言葉に苦笑する。コミュ障の自分がそんなことを頼めるとは思っていなかったが、そんなことを気にしている余裕はない。とりあえず生きていくためには彼女たちの話を聞く必要がある。女神からの与えられた力なのか、主人公補正としての能力なのかはわからないが、ありがたく利用することにした。
「私は別に構いませんよ。」
「はあ。どうなっても知らないから。」
二人はあっさりとカナデの同行を認めてくれた。
その後、食料を買ったり、宿を探したりして、日が暮れていく。そろそろ宿に戻るかとイザベラに言われて、一緒に宿についていく。一緒に買い物をしていて、カナデはどうも自分は町の人々に奇異の目をむけられていることに気付いた。
「ええと、まあ、自分の服装と町の人たちの服装を見れば当たり前か。いや、イザベラさんとエミリアさんの容姿が目立っているのかもしれない。」
カナデは自分の服装を確認する。そして、思いついたことを口に出す。
「女性はスカートが標準装備、か。」
そう、女性は老人から子供まで、女性らしき人々はスカートを着用していた。しかし、カナデはスカートをはいてはいなかった。さらに観察していると、女性は髪を長く伸ばしていることが判明した。
カナデの服装は赤と黒のチェックシャツに紺色のパーカーを羽織っていた。下はジーンズを着用している。靴はスニーカーだ。ズボンをはいていることだけでも珍しいのに、さらにはメガネをかけているところも目立っているようだ。観察していると、どうやら、メガネも珍しいということがわかった。あまりメガネをかけている人物は見当たらない。メガネをかけているのは、知的そうな子ばかりだ。もしかしたら、コンタクトという概念もあるのかもしれないが、圧倒的にメガネの割合が少なかった。だからこそ、町の人々はカナデの顔に注目しているのだろうか。
「萌え要素としてのメガネはありそうだが……。そんなことはどうでもいいか。いや、これからの事態を考えると、重要なことのような気がする。」
そう思いながらも、結局のところ、カナデは隣にいる二人の女性が目立っているということに結論付けた。イザベラにも確認されたように、カナデは傍から見たら、男に見えてもおかしく内容だったので、目立つことは無い。確かにこんなに目立った服装と容姿を持つ二人を見たら、ガン見してしまうのも無理はないだろう。無理やり納得させて、カナデは宿に向かう二人の後を追うのだった。