迷子の仔山羊
あの子はまだ、迷っているのでしょうか。
広い野原に、羊の群れが居りました。
その羊の群れの中には、一頭の仔山羊が居りました。
仔山羊は、毎日泣いて暮らしておりました。それというのも、周りにいるのはみんな毛並みの良い羊であったからでした。
羊の群れの中で、仔山羊はみんなと同じ羊でありたかったのです。
それなのに、毎朝覗く水桶の表にはいつも、黒い顔の仔山羊が映っているのでした。
どうして自分は違うのだろう。
どうして自分だけ違うのだろう。
寝ても覚めても、水面に映るのはみっともない仔山羊のままでした。どんなに悲しんでも、黒い毛並みはきれいな白いふわふわ毛皮に変わることはありませんでした。
悲しくて哀しくて、毎日毎日泣き暮らし。
ある日、仔山羊は野原を出て行きました。
仔山羊には父山羊と母山羊が居りました。
仔山羊は末っ子で、たくさんの兄弟山羊が居りました。
山羊の親は山羊、山羊の子は山羊なのはあたりまえのことですのに。末っ子仔山羊はひとりで悲しんでいたのでした。悲しみのあまり、自分の悲しみに目がくらんでいたのでしょうか。
末っ子仔山羊が見えなくなって、母山羊はメエメエ泣きました。
末っ子仔山羊を失って、父山羊もメエメエ泣きました。
末っ子仔山羊を捜しながら、兄弟山羊たちもメエメエ泣きました。
だいじなだいじな末っ子でした。生まれた朝にはその名を考え、眠るときには身を寄せて、冷たい風から夜露から、愛しい末っ子を守っておりました。皆でだいじに見守っておりました。
それなのに、末っ子仔山羊はひとりどこかへ行ってしまったのでした。
山羊の親子は末っ子仔山羊を捜しました。
うちの末っ子仔山羊を知りませんか。白い尻尾の、かわいい仔山羊を見ませんでしたか。
泣いて泣いて、捜して捜して、それでも仔山羊は見つかりませんでした。
うちの末っ子仔山羊を見ませんでしたか。どこかで迷って泣いて居りませんか。
山羊の家族は尋ねて回りました。
お日さまに尋ねても、お月さまに尋ねても、だれもなんにも答えてくれませんでした。
ただ一度、夜風が遠く、鈴の音を運んできたきりでした。
そしてそれは、きっと末っ子仔山羊の鈴に違いないと思われたのでした。
やがて、母山羊は泣くのをやめました。
父山羊も泣くのをやめました。
兄弟山羊たちも泣かなくなりました。
自分が泣けば皆が泣く。そう思って、皆が泣くのをやめました。
じっと黙って、身をすくめ、ただただ耐えておりました。
草原には静けさが戻ったようでした。
それでも。
月の鏡を見上げては、末っ子が映ってはおるまいかと目を凝らし、風が吹けば、あの子の足音が聞こえぬかと耳を澄ましておりました。
ずっと待っておりました。
ずっと待っておりました。
<Fin.>
これは私の妹のお話。