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清水先生に連れられて、俺はテニス部の見学をしている。もちろんそこには愛美がいた。
あいつは小学生のころからテニスをしていて、中学の頃は大会でいいところまで行ったっていうのを聞いたことがある。もちろん愛美はものすごく努力をしたから今がある。そしてこれからも努力をするのだろう。俺はそんな愛美を一人の人間として尊敬する。
中学生ってのは難しい時期だ。変に不良ぶったり、口が悪くなったり、異性同士会話しているだけで挑発してくるやつが増えたり。俺たちはそんなことを気にせず一年の頃から普通に会話もするし、一緒に登校もしていた。愛美は当時から物凄くモテていたから、それが気に食わなかったのか、学校中の男子は俺を目の敵にした。愛美は全く気にしている様子はなかったので無視していたが、時間が経つにつれ、ついに俺へのいじめが始まった。パシリにされ、授業中に消しゴムのカスを投げられたり、すれ違いざまにわざとぶつかってくるなんてことは日常茶飯事だった。ただでさえ学校ではアイドル的存在で、裕福な家庭で育っているのだから、俺みたいな何もない平凡であか抜けない奴が隣に居たら妬み僻みが生まれるのは当然っちゃ当然なのかもしれない。
もし愛美に被害が起きたら溜まったもんじゃない。そう思って俺は愛美とは距離を置くことにした。
そうこうしているうちに、俺は幼馴染で、よく遊んだ綾瀬愛美という存在が、とても遠く感じるようになった。
俺が愛美と距離を置いて、いじめられているうちに、愛美は色んな人と仲良くなり、同級生でイケメンの榊勇人という人物との恋愛の付き合っているという噂が流れていた。中学生の恋愛なんて続かないものだが、それでも当時の俺には応えた。
前から男子生徒の群れがやってくる。そして意図的に俺の肩へぶつかってきた。
「イッテェ」
「チッおいちゃんと前見て歩けよ」
「なあ知ってるか?愛美さん、あの榊勇人と付き合ってるんだってよ。どうだ?大好きな幼馴染が他の男にとられた気分ww」
「ハハハ!無様だなぁ~ww」
「じゃあな、気を付けて帰れよ購買早漏野郎ww」
男子生徒たちはケラケラ笑いながら去っていく。凄く悔しい。けど俺はやり返さない。父ちゃんと約束したからだ。
あと二年の我慢だ…
それにしても、愛美が榊と付き合うとはな…
美男美女でお似合いだし、愛美が幸せならそれでいいや。
テスト期間だから部活動は停止していて、誰もいない静かな校内を歩きながらそう思っていた。
教室へ鞄を取りに行った。するとそこには、榊と愛美が居た。
「あっ…」
愛美は朝陽と目が合い、思わずあっと声が出てしまった。
「あ、南雲君、こんな時間までなにしてたんだ?」
榊は爽やかスマイルで俺に話しかける。
「あー…ちょっと先生に呼び出されてさ!結構長話に付き合わせれちゃって…ごめん!邪魔したな…すぐに帰るから!」
俺は気まずくなったのですぐに鞄を取り、教室を出た。
「ごめん、私も帰るね」
「なっどうして?何か予定でもあったのかい?」
「うん…もう17時過ぎてるし、テスト期間で部活がないのにこんな時間まで学校にいると、親も心配するから。じゃあね」
「確かにそうだね。僕もそろそろ帰るとしよう。そうだ!一緒に帰らないか?」
「ごめん…今日は一人で帰りたい気分なの。せっかく誘ってくれたのに、ごめんね…」
「そうか、まあそんなときもあるよね。仕方ない!それじゃあね!」
見られたくないところを見られてしまった。しかもよりによって一番見られたくなかった朝陽に…
榊君から積極的にアプローチされるので、周りは付き合ってるなんて噂を流す。私は榊君とは付き合ってない。だって他に好きな人がいるから。
でもその人とはしばらく顔を合わせて会話をしていない。どこか避けられているような気がする。
もし勘違いされたらって考えると居ても立っても居られなかったから、榊君には申し訳ないけど、私は朝陽を追うように学校を出た。
「朝陽!」
背後から俺のことを呼ぶこれがした。振り向くとそこにいたのは愛美だった。
愛美は夕日に照らされていて、ファイアオパールのように美しく、輝いていた。
「お、おう」
「いっ一緒に帰らない?」
「あ、ああ。いいよ。っていってもお互い家近いしこのままだったら自然とそうなっちゃうよな〜」
「フフッ確かにそうね」
この何気ない会話でも愛美にとってはとても幸せな時間だった。もうずっと、朝陽と喋ることなんてなかったか。
「こ、こうやって一緒に帰るのも久しぶりね…」
「おう、そうだな」
「久しぶりに一緒に帰るのにちょっと素っ気ないわね。そんなに私と帰るのがいや?」
「い、いや、そんなことねえよ…ハハハー何言ってんだ。」
「…そう。ならいいんだけど」
何がいいのかさっぱりわからないが、学校では結構お淑やかな風だが愛美は昔から結構ツンツンしていて俺には結構物事をはっきり言ってくる。
「そういえば、あんた数学の確認テスト酷かったみたいね」
「ゲッ!何で知ってんだよ…」
「見てればわかるよ。返してもらってた時の顔、引きつってたよ?」
「俺昔から数学とか理系科目弱いんだよなぁ。まあ定期テストで挽回するから、心配ないよ」
「ほんとに大丈夫なの?も、もしあれなら、私が…その…教えてあげてもいいけど…」
「いやいいよ。復習すれば何とかなるだろうし」
「そ、そう…」
愛美は悲しげな表情を浮かべた。察しの悪い朝陽はその理由がわかるはずもなかった。
「朝陽、中学に上がってからあんまり関わらなくなったよね。なんで?」
中学生になってからできた朝陽との距離に、愛美は違和感を覚えていた。その時からずっと愛美はこの質問をするか考えていた。しかし長年の付き合いがあるからか、幼馴染ということもあり、少し話すと自然と思っていたことが口に出る。愛美は無意識に問いかけてしまった。
「さっさあ、なんでだろうな。まあ昔からの付き合いだし、こういう時期があってもいいと思う…」
「そ、そっか。まあそういうのもあっていいかもね…」
「私はもっとお喋りとか…したいけど…」
朝陽には聞こえない程小さな声でポツリと呟いた。
「ん?なんか言った?」
「う、ううん!何でもないよ」
「そっか。もう愛美の家についたぞ。じゃあ俺は帰るから。じゃあな。」
「うん…ありがとう」
そう言って朝陽は来た道を戻り自宅に向かう。
視界に入る朝陽の姿が少し小さくなってきたところで愛美は言った。
「私が帰ろうって誘ったのに、わざわざ私を送ってくれたり、そういう優しいところは昔から変わってないね。私がもっと朝陽の前で素直になれたら、昔みたいに一緒に居られるのかな…」
この声は、すでに歩き始めている朝陽に聞こえることもなく、秋風とともに消え去った。