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風が俺の髪の毛に悪戯をする。ただ静かに、風が病室を通り抜けた。
一昨日に先生に呼び出されて、初めて知った。父ちゃんが癌だったこと。寿命がもうあと僅かだったということ。
なんで教えてくれなかったんだろう。たぶん、母ちゃんは知っていた。だってあれだけ仕事熱心の母ちゃんが、毎晩父ちゃんの帰りがどれだけ遅くてもずっと起きて、帰りを待っていたんだ。こうやって迎えることが出来るのも、あと僅かだと知っていたから。
「朝陽、美惚、そろそろお昼ご飯食べなさい。お金を渡すから、何か好きなもの食べて来なさい。」
力のない、今すぐにでも折れてしまいそうな声で、母ちゃんは俺たちに言う。
「わかった。美惚行くぞ。」
美惚は俯きながら無言でついてきた。会話もせずに、病院を出て、コンビニへと向かい、おにぎりを買って病院に戻る。
「本当におにぎりだけでいいのか?」
美惚は頷く。顔を見せずに。
「そうか…」
平日の午前中だからというのもあるのか、病院付近にはあまり人気がない。ただ陽に照らされ、風に当たりながら道を歩いていた。
すると美惚は立ち止まった。
「おい、どした?」
すると、今日初めて俺に顔を見せた。その綺麗な瞳には、涙が溢れていた。
「ね、ねぇ…ぉ お父さんはどうなるの…?もぅ…私たちの所から居なくなるの?もう逢えないの?楽しくお話も出来ないの!?ねぇ…教えてよ…」
これ以上、大切な人たちを悲しませない。
昨日、父ちゃんと…約束したから……
昨日病院の屋上で父ちゃんと最期の言葉を交わした。
「黙っていてすまなかった。」
「別に黙ってたことに怒ってはないよ。」
「そうか…」
父ちゃんは優しい笑みを浮かべた。
「ずっと、心配だった。俺が死んだら、家族はどうなるのか…フッ、仕事ばっかりやって来た俺が偉そうなこと言えないんだけどな。」
「俺は、父ちゃんが家族のことを野放しにしてたなんて思ってないよ。昔から、何かあったらすぐに駆けつけてくれたし、どれだけ仕事で疲れていても俺たちと話してくれたしね。」
「朝陽…」
「俺、父ちゃんのことすげー尊敬してるんだよ。めっちゃ真っ直ぐで、出かけた時も、困っている人が居たらすぐに駆けつけて助けてあげてたし、俺たちのこと愛してくれてたし。 俺の目標で、一番尊敬できる人間だよ。」
「ハハハッ 息子からそんな事を聞けるなんてな。
「お、俺は思ってる事を言っただけだよ。別に恥ずかしくなんかないし…」
少し笑ってから父ちゃんとの最後の言葉を交わす。
「…いいか朝陽……幼馴染の愛美や、友達、自分と関わってくれる人達に優しくしなさい。そして……母さんと妹を守ってやるんだ。いいな?約束だ。」
「おう。任せろよ。絶対にその約束は守るよ。」
そう言って俺は学校に向かった。父ちゃんに背を向け、前を見て歩く。その時、俺の頬には一粒の雫が、風とともに流れて来た。
泣き崩れる美惚に俺は言った。
「俺が家族を守る。もうお前と母ちゃんに悲しい顔をさせない。だから大丈夫だ。」
そう言って美惚と病院へ戻った。