第5話 日常
「さよならー」
ホームルームが終わり、学生にとっては一日勉学に励んだご褒美のような放課後がやって来た
今日は前々から気になっていた猫カフェに行きたいところだが…
「一人かぁ…」
千明は合唱部に所属していて、休みは土日しかない
平日にどこか遊びに行こうと思うと他に誘う友人もいないので結果的に私一人になる
「もっと仲の良い友人を作るべきか…」
「友達はいて損はあまりないのでそれがよろしいかと。その代わり人選びは重要ですが」
「おぁっ‼︎」
突然誰かが返事をしてきた
…なんだろう、この声、聞き覚えがあり、なおかつ前も驚かされた気がする
「一週間ぶりですね。柊亜子さん」
「お久しぶりだね、一色さん…」
彼女が私をフルネームで呼ぶのはなぜなんだろうか
「人を選ばずに仲良くしてると人によってはお金くれだのお前は美人だからいいだろなんだのとんでもない願いや嫉妬を向けますからね」
さすが、親友にいじめられていた子の言葉には説得力がある
「何か用があるの?もしかして秋風さんがらみのこと?」
「ええ、少し付き合ってもらえませんか?」
妙にニコニコした顔を向けてくる
怪しい
「はっ!このまま連れてって裏山とかでリンチする気…⁉︎私がなにも知らなかったから⁉︎」
「くだらない三文芝居やってないでついて来てください。付き合っていただければ後でアイスとか奢ってあげますから」
「私がボケるなんてそうそうないのにスルーされた上なんか子供を誘拐する時の誘拐犯みたいな誘われ方された…ショックだ」
「来ないんですか?」
「行くけど」
すごく機嫌がいいのか鼻歌を歌って歩いて行く
よっぽどいいことでもあったのだろうか
スキップでもし始めそうだ
秋風さんに関する新情報…?
でもそれを私に話す必要があるだろうか
「何処に向かってるの?」
「…さぁ」
怪しい
天使のような美少女なので笑っていると見惚れてしまいそうだが今の笑顔は少し怖い
それでも可愛いのだけれど
可愛いと怖いの両方を持ち合わせているってどういうことなの
「あれ?学校出るの?」
「はい、手がかりがあるのが出てすぐそこなんです」
「ふーん」
学校の周りはところどころ結構人通りが少なくて何かされてもおそらく誰も来ない
大丈夫だろうか
一色さんは秋風さんのことでかなりダメージを与えられた
狂って何かしでかす可能性がある
一応周りは民家だし助けを呼べば来てくれる…と思いたい
「一ヶ月前、委員会がありましたね」
「あ、うん」
唐突に話し始める
このままいくと学校近くの河原に着く
「私、いろんな人に聞いて回ったんです。何か楓について知ってることはないか」
「そうなんだ」
河原に降りるための階段の前で一色さんがピタリ、と止まる
ここが目的地のようだ
「一ヶ月前の美化委員では学校と学校周りの清掃がされたんです」
「あー…確かそうだったね」
あの日、確か私はこの辺の担当に当たってたはず
「一ヶ月前のことだからあんま覚えてないなぁ」
「二人一組だったそうです」
「え?」
美しい濡れ烏の髪が風で顔にかかるのを手で抑えながら、振り向く
「二人一組で、それぞれの場所を、清掃していたんです」
「じゃあ秋風さんはいなくなる直前まで誰かといっしょにいたんだ!」
そこまで調べ上げるなんて凄い
本当に秋風さんのことを大切に思っているんだ
「あの時はくじでペアを決めたので、二人一組で行動したことはわかっても相手がなかなかわかりませんでした。誰も他の人が誰と組んで、何処が担当場所だったのかなんて覚えてませんでしたし」
自分の担当場所を覚えれば十分なのだ
あまり他の人の仕事についてまで覚えている必要はない
「そのことを教えてもらった後、美化委員の人に聞いて回ってそれぞれ誰と組み、何処を担当したのか教えてもらったんです」
なるほど誰か一人あぶれればその人が秋風さんと組んでいたのだとわかる
「それで私に話を聞こうと思ってここに連れて来たの?」
「いえ、話を聞く必要はないです。だって…」
一色さんの笑顔がニコニコ、からニヤリ、に変わり、不気味さが一層増す
「あなたが最後なので」
「じゃ、じゃあ誰と組んだかわかってるんじゃ…」
わかっている
最後の人である私を呼び出した理由
本来なら呼ぶ必要がないのに呼んだということは
私が、秋風さんと、組んでいた相手ということだ
「あなただったんですね、柊さん」
呆然としている私に少しずつ近づいてくる
「教えてくれますよね?楓がどうしたのか」
…思い出せない
あの日、どうしていたのか
一ヶ月も前のことをそんなはっきり覚えている方が珍しいけど
「楓を、何処にやったんですか?」
まるで私が何かしたような言い方だ
一歩近づいて私の肩を掴む
「何処ですか何処ですか何処かに監禁してるんですかそんなの許しません返してください返して返して返して返して早く早く早く早くあなたが最後に楓と会った人なんです早く早く早く早く何をしたんですか何が会ったんですか早く返して返して返せ返せあ返せ返せ返せ返せ‼︎」
初めて会った時のようにつらつらと言葉を重ね、問い詰めてくる
何をしたんだっけ、私
…あ
「そうだ、思い出した」
あぁ、すっきりした
やっと思い出せた
「ほ、本当ですか‼︎」
「うん、本当」
パァっと光が差し込んだような笑みを浮かべる
今度は怖さの微塵のかけらもない
「確かね、秋風さん殺しちゃった」
「…は?」
「いや、なんか色々問い詰められたから面倒臭くてさ…それでそこの階段からどんって」
そうだったそうだった
昔殺した人について問い詰められていたんだ
それで殺してしまった
「な、何言ってるんですか…?楓を、殺した…?楓はもういない…?」
「まぁ、一色さんも知っちゃったわけだし…」
どんっと一色さんを押す
あっけなく倒れた
うしろにあった階段をグシャッベチャッと音を立てながら落ちていく
下を少し覗く
頭から血を流して、倒れていた
よく見れば脳のようなものまで飛び出ている
美人だったので顔が崩れてしまったのはもったいなかったな
…まあいっか
「ごめんね一色さん、でもほら、きっとあの世で秋風さんと会えるよ」