第3話 人の心は脆く崩れやすい
人の噂も七十五日と言うように、秋風さんの噂は徐々に収まっていった
やはり殺されただなんてただの作り話で、秋風さんの死体が見つかったとか、凶器が発見されたとかそう言った情報がなかったのだろう
そもそも誰が殺されただなんて言い始めたんだ
「すみません…」
人が一人、いなくなったからといって少し不謹慎ではないだろうか
そもそも最近は家出する少女だって珍しくない
「あの…」
おそらく一色さんを学校へ行こうと誘ったのは、まだ出て行く気がなかっただけだろう
しかし家に帰って何かよっぽど嫌な目に合い、家出を決意した…
多分こんな感じじゃ無いだろうか
思った以上に噂が広まってしまったとか、家出先が楽しいとか、家にいると死んでしまうとか、何かあるせいで家に帰れず、長引いてるだけだ
「国語が大の苦手の柊亜子さん‼︎」
「おあぁぁぁぁっ!」
急に後ろからで名前を叫ばれる
かなり大きな声が出てしまった
ちょっと眉をひそめつつ、文句を2、3個言ってやろうと振り返る
「天使だ…」
「は?」
天使が、いた
美しい濡烏の黒い髪、触ると溶けてしまいそうな雪のような色の肌、赤い唇、まるで人形だ
ただ顔立ちは幼いので美人というよりかは可愛らしい、という方があっている気がする
「聞きたいことがあるんですけど…」
訝しげな表情をしつつ、天使はそう言った
「え、あ、うん。何?」
突然美少女に声をかけられたのでしどろもどろになる
「私は一色 葵って言うんですけど…」
一色、その名前を聞いて気づく
この子が秋風さんの親友か
「二週間ほど前から楓が居ないのはご存知でしょう?」
「楓って…秋風さんのことだよね?うん、知ってるよ」
「楓はあなたと同じ美化委員で二週間前も委員会があったんですけど、委員会の時に何かおかしな様子はありませんでしたか?」
なるほど、そのことについて聞いて回ってたのか
残念ながら、同じ委員会とはいえこの学校は生徒の人数が多くてわからない
秋風さんの顔を知って居たとしても名前と顔が一致しないのだ
「ごめんね、私にはわかんないや」
ははは、と笑いながら返す
「本当に?」
「え…」
「本当の本当の本当にわかりませんか?何故わからないんですか?何故そんな冗談を言うみたいにわからないだなんて言えるんですか?」
突然、ずいっとこちらに顔を近づけて聞いてくる
「人一人が居なくなってるんです。彼女は明るくて家庭環境もよかった。家出する理由がないんです。それに彼女は私に一緒に学校に行こうと誘ったんです。約束をちゃんと守る人だったのに彼女はきませんでした。おかしいでしょう?家出しただなんて嘘です。もし本当に家出なら何かしらサインを残すはずです。聞けば彼女は委員会にでてから誰にも見られて居ない。つまりは委員会をしている間かもしくは終わってすぐあとにいなくなったんです。本当の本当に何もありませんでしたか?」
真っ赤な入り口の真っ黒な口の奥からマシンガンのようにポンポンと言葉が出てくる
大半は早口すぎて聞き取れなかった
「そもそも秋風さんの顔と名前が一致してないから、何かおかしな行動しててもわかんないよ!」
取り敢えずそれだけ言うと一色さんはハッとなったようですみません、と一言謝った
「ええと、肩くらいの髪の長さで銀縁の眼鏡をかけてるんですけど…」
それだけの特徴では思い当たる人が数人いる
「最近はピン留にこだわっていたらしくて、その日は星座の形のピンをしていたと思います。」
しばらく考えてみる
「…あぁ、あの子か」
「知ってるんですか⁉︎なにかおかしな様子はありませんでしたか⁉︎」
腕をガシッと掴まれる
そんな細い腕のどこからこんな力が出るんだ
「特になにもおかしなところはなかったけど…」
そう言うと明らかにがっかりした様子で腕を離した
ありがとうございますとだけ言って、フラフラと歩き始めた
よっぽど参ってるみたいだ
「それだけ仲よかったのかな…」
私も千明と仲はいいと思う
けれど千明が居なくなったとして私はあそこまで慌てて必死に彼女の居場所を見つけるために誰かから情報を聞き出したり、歩き回ったり出来るだろうか
誰かが死ぬような悲しい本を読もうと、画面の向こう側にいる人間が貧困で死にかけようと同情しない、と言うか出来ない
それは私と何の接点も無いからだと思う
けれど身近な人が泣いたら?苦しんで居たら?居なくなったら?
私はその人に対して必死になれるのだろうか
と、そこまで考えて気づく
私は今、何のために廊下にいるんだっけ
次の時間が校舎の端にあるコンピュータ室で情報の授業だからじゃなかったっけ
あそこまで行くのにはここからだと走って2分ほど
急がなければ、と走り出す
腕時計を見ようとしたその瞬間、
無慈悲にも、授業開始のチャイムが、なった