第1話 人間なんてそんなもの
「3組の秋風さんの噂、知ってる?」
そう友人が切り出してきたのは四時間目の後、学生にとってちょっとホッとできるお昼休みの時だった
「珍しいね、千明が噂話なんかに興味を持つなんて」
聡明で美人だと評判である彼女はいつもなら、噂なんかくだらない、と言ってのけるのに
これはただの噂じゃ無いのかもしれない
「なんか、って…まあ、いつもならくだらない、って思って終わりなんだけど」
「へぇー、どんな噂?」
私の箸は彩られた弁当の上をトマト、ブロッコリー、チーズかまぼこ、と散々迷った後、好物であるハンバーグを選ぶ
「何日も前から秋風さんいないの、亜子だって知ってるでしょ?」
「うん」
なんでも二週間ほど前から秋風さんは家に帰っていないとか
彼女の部屋には「探さないで下さい」という置手紙があったので、家出ではないかと周りが言っていた
「実はね」
ずいっと千明が身を乗り出し大きな瞳を目をキラキラさせながら、まるで秘密の宝の場所を教えるように口に手を添えて囁く
サラ…とこげ茶の肩のあたりで切り揃えられた髪が落ちた
「殺されたんだって、秋風さん」
「…は?」
この平和で穏やかなお昼休みにふさわしくない単語が飛び出た
「正気か」
「正気か、と問われると普段の私が正気かどうかわからないからなんともいえないわね、少なくともいつも通りよ」
「ふーん…?」
この友人は時々よくわからないことを言う
「それで」
再び弁当の上で箸を彷徨わせ、今度はチーズかまぼこをつまむ
「ふぉんふぉうふぁふぉ?ふぉふぉふぁふぁふぃ」
「なんて言ってるかわかんないし、そもそも食べる前にさっさと聞いておけばよかったのに…」
やれやれ、とでも言いたいように千明は首を振って、ため息をついた
その間に私はゴクリと飲み込む
「その話、本当なの?」
「確証はないわ」
「なんだ、期待して損した」
待って待って、と手を振って弁当に意識を集中しかけた私を止める
私のハンバーグ以上に大切なことなのだろうか
「秋風さんにはね、一色さんっていう親友がいたのよ」
「ふーん」
それがどうかしたのだろうか
「秋風さんは一色さんに、行方不明になったその日、『明日は朝練が無いから、一緒に学校行こーよ』って言ってたらしいわ」
「…それが?」
「それがって…家出する人間が、次の日に友達と一緒に学校に行く約束をすると思う?」
言われてみれば確かに
「だからね、本当は家出ではなく、誰かが殺して家出に偽装したんじゃ無いのかってなったのよ」
「へー」
ミニトマトを箸で摘めるほど器用ではないので手で摘む
「すっぱ‼︎」
「…あんたねぇ」
千明が呆れたように、頬杖をつきながらジト目で私を見る
「同級生が殺されたかもしんないのに何そのうっすい反応…」
「だって今まで秋風さんと喋ったことないし…」
何日も帰ってこないと噂になって初めて彼女の存在を知ったのだ
そんな人が殺されたかもしれないと聞いて、犯人を探そうと思うほどに推理好きでもなければ正義感も強くないし、可哀想だとか何があったんだと心配するほど人情家でもない
納得がいかないようでしばらくじーっと黒く、大きなツリ目気味の瞳で私を見つめたあと
「それもそうか…」
と自分のお弁当に目線を移した
「そういえば」
彼女が頰と同じ薄い桜色の唇を開いた
「秋風さんて、確かあんたと同じ美化委員会だったと思うわよ?二週間前も委員会、有ったと思うけど」