ある日異世界から女がきて。俺は今日処刑される。
時計の針が狂ったのはいつからだ?
ああ。
異世界から女が一人やってきたあの日だ。
あの日から、俺の人生は狂いだした。
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ーー時は少し前に遡る。
俺は唐突に悟ったのだ。
転生? 召喚? 細かいことはよく知らない。
間違いなく言えるのは、女のいた元世界とやらでは常識で普通のことがこの世界では珍しくて。瞬く間にちやほやもて囃される存在になるってこと。
異世界女は見目も良く、頭も利口で性格も良い。
誰かを貶めようだなんて発想も駆け引きもしない、幸せに浸かってゆるゆると育てられてきた、そんな雰囲気を醸し出す人間。
ただし、どうしても王子と結婚したいらしく。
それだけは決定事項で。
緩やかに。確実に。外堀を固めていく。
異世界女が、ではない。
この世界そのものがそれを望むかのように、ゆっくりとその未来に向けて展開していくのだ。
なぜか俺は異世界女がこの世界に姿を現した日に、この全てを悟った。本当に、唐突に。
理由?
知るか、そんなもの。
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嫌な予感だけが胸を凌駕し始めてから数日後。
「おい。お前」
草むしりをする俺の背後から声がかかった。
見れば、揃いの騎士服を身にまとった、王立騎士団の面々が顔を揃えていた。
「なにか?」
一拍置いて、騎士は厳かに告げた。
「王宮庭師キール。貴様に謀反の嫌疑がかけられた。今から直ちに拘束する」
(は?)
嘘だ。ありえない。
俺は絶対にそんなことはしていない。
そもそも、国民の最下層に位置する俺が謀反を起こしたところでどうなるんだよ?
証拠はどこだ?
にも関わらず、目の前の騎士様は決定事項として蔑んだ目で俺を見下ろした。
決定事項?
ああ。そうか。
嫌な悟りも予感の正体もこれが原因か。
その瞬間、俺は不思議とすべてを理解した。
俺だけをぽつんと置き去りにして、どうやら世界は動き出したらしい。
当て馬の悪役令嬢ならぬ、捨て駒なんだ、俺。
俺はこの世界で【いらない人間】なんだな。
独身、親なし、貧乏、コミュ障、ぼっち、凡人。
そうか。そりゃそうだよな。
この世界の神は、異世界女が幸せになるためなら手段を選ばない。他の誰かの人生をぶち壊すことなど鼻にもかけやしないのだ、と。
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どんな茶番だよ。
汚らしい地下牢にぶち込まれて半日。
早速、取り調べの御一行様方がやってきた。
「隣国と手を組んだな?」
「薬物をこの国に持ちこもうとしたな?」
「貴様が謀反軍のトップだな? 武器を大量に隠し持っているな? アジトはどこだ?」
おいおいおいおい。
ずいぶんと話を盛り込んでくださる。
この街すら出たことない俺が隣国と手を組む?
貧乏で煙草すら吸ったことない俺が薬物?
いやいや勘弁してくださいよ。
武器?
手鎌しか触ったことありませんからね。
もちろん雑草用ですよ?
「「「「言え!」」」」
だから、何をだ。
「黙秘ということは、肯定と捉えてよいな?」
おいおいおいおい。
いくらなんでも勝手すぎやしませんか?
この世界の進路変更。強引すぎかよ。
俺以外の人間は洗脳されてるのに、俺だけの意識ははっきりとしてる。
いくら捨て駒だからって、馬鹿にするのも大概にしとけよ?
「子々孫々、末代まで蔑まれ厭われ呪われたいのか貴様は! 恥を知れ!」
「これはもう決まりですな」
ごほん、とおっさんが咳払いひとつ。
「キール=ジリハルト、死刑!」
狭い狭い地下牢に、高らかな声が響き渡った。
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これは噂で聞いた話。
俺の処刑の真相。
事の発端は、王子の婚約者が異世界女を恨み、毒を飲ませようとしたことから始まる。
婚約者は由緒正しき家柄の令嬢で、彼女の父親はずっと王位を狙っていたのだとか。
邪魔な異世界女の毒殺を試みるも、あえなく失敗。
毒をどこで調達したかと問われ、苦し紛れに俺の名前を言ったんだそうだ。
曰く。『毎日土弄りをしている人間だ! 毒を作るぐらい朝飯前だろ!』だと。
誰が聞いても信用ならない話だったが、国内一二を争う大貴族を一家郎等処刑するわけにはいかない。しかも税収は減り、国内に混乱を招く。それこそ国が真っ二つに分断されかねない緊急事態だったそうだ。
結果。
王子は婚約者と婚約を破棄。
筋書き通りに異世界女と婚約した。
裏切り大貴族は一応の罰として、王都から離れた辺境へ移住させられることになった。
そして神から【いらない人間】扱いされた俺は諸々の罪をすべてなすりつけられている。
よくある話だ。ありきたりだ。
めでたし。めでたし。
本人の預かり知らぬところでよくもまあ、そんな素敵なバックグラウンドを練りこんだものだ。
世界を思い通りに動かすというのも、ずいぶんと骨が折れる作業だ。
神すげえ。もういっそ感心すらする。
その神経の図太さに。
しかもわざわざその話を看守が大声で話し、俺に子守唄のように聞かせて下さるんだから、神は実に慈悲深い。
異世界女がこの世界に降り立ってすぐ。
何よりも誰よりも尊ばれる存在と、俺だけに勘付かせてくれた神は実に慈悲深い。
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人間には誰しも人生最悪の日というものがあるだろう。
俺にとって、今日この日がまさにそれだ。
街の大広場に設えられた木造建ての晒し台。
三百六十度どこからでも見渡せるそれは、その時を今か今かと待ち構える民衆で周囲を埋め尽くされている。
晒し台の上に立つは、長剣を握った死刑執行人。
「時間だ」
両手を縛られ、両脇をがっちりと固められて、処刑台の上に上がる。
その場で一周ゆっくりと回って。最後の最後、桟敷席に顔を向けさせられる。
違うな。晒される、だ。
おいおいおいおい。
王子の隣にばっちり居座る異世界女よ、どうした? 眉間に皺など刻んで口元を押さえて。
『どうしてこんなことをするの⁉︎ 私の元いた世界ではこんなひどいことしないわ!』って?
寝言は寝て言えよ?
お前がきたから俺はこうなってんだろ。
せいぜい幸せになれよ。
俺の命と引き換えに。
跪かされ、首を出す。
罪状が長々と読まれたあと、三度鐘が鳴って。
俺は今日、処刑された。
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「痛てえ!」
腰に激しい痛みを感じ、手でさする。
(は? 腰? 首じゃなくて? しかも手とか縛られてなかったか?)
我に返り、周囲を見渡す。
目の前にいたのは、死刑執行人ではなかった。
金髪、碧眼、ちょっと日に焼けた露出多めの巨乳で尻ぷりぷりの美女。
「救世主さま!」
が。いきなり俺に抱きついてきた。
なんだ? 夢か?
男はみんな死んだらこんな夢を見るのか?
「救世主さま! お願いです! 我が国を救って下さい! 日照りが続き、土地は痩せ、植物は育たず、国民は飢えて飢えて! もうあなた様にしか救えないのです!」
「待って。ちょっと落ち着いてくれ」
俺も。金髪のおねえちゃんも。
よくよく見ると、金髪ちゃんの手には萎びた植物の苗が握られていた。
「それ、貸してみ?」
くるくると旋回させて、苗の状態を見る。
王宮庭師だった俺にはこんなもの朝飯前の知識だった。
「この植物は育てるまでに時間がかかるし水も豊富にいる。だから痩せた土地では育たない。芋ないの? 芋の苗」
「救世主さまあああ!」
金髪ちゃんが再び俺に抱きついてきた。
まあ、乳のでかいこと。でかいこと。
耳の奥がキンと鳴る。
予感がした。
今、この世界で神によって選ばれた【いらない人間】がついこの間までの俺と同じ目に遭う、と。
(あ。これが世に言う異世界転生の始まり?)
ーー元の世界で【いらない人間】だった俺は、どうやら俺を【救世主】と崇める異世界に転生したらしい。
神は、実に慈悲深い。