バーンズ6
パーンズがジェシカの家に到着すると、薪割り小屋の前に見慣れない古いピックアップトラックが停められていた。
荷台には荒く切り分けられた生木がびっしりと積まれていた。スプルースとシダーの皮に近いところばかりだ。製材所で出た端材だろう。スプルースは薪材としてはまあまあの部類だ。火持ちはイマイチだが臭みがない。
ジェシカには声を掛けずそちらに足を向ける。覗くと若者二人がせっせと薪割りをしていた。
片方は積み上げられた生木を薪割り機にセットし薪割り機を稼働させ、もう片方が割られた薪をカートに移す役目だ。
なかなかに慣れた様子だ。
「よう、性が出るな!」
薪割り機の騒音に負けないように大声を出さなければならない。
片方がバーンズに気づき手を止めた。その様子からもう一人も手を止めて振り返った。
「手を止めさせて悪いな。通りかかったら見慣れない車が停まってたんでな」
二人は黒髪で浅黒い肌をしたアジア系だった。二人ともTシャツにジーンズだ。高校生くらいに見えるが、大学生かもしれない。二人は黙ったまま不安そうにバーンズを見ている。
「あの、僕らが何か、刑事さん?」
二人をしげしげと眺めるバーンズの視線に耐えられなくなったのか紺色のTシャツを着た方が口を開いた。よく見ればTシャツはピッツバーグ大学のロゴがプリントされている。
「君らはピット(ピッツバーグ大学の愛称)の学生か?」
「あ、そうです。UPMCです」
「ほう、それじゃあ医学生か。医者の卵がこんなところで何を?」
黒いTシャツを着ているほうが答えた。こちらは何かのバンドのTシャツだ。
「僕たちは大学のボランティア・サークルのメンバーで、今日は薪割りのボランティアでジェフスキーさんのお宅にお邪魔してます」
なるほどアリスの言った通り学生ボランティアだ。バーンズが知らないだけでこの手の活動が入り込んできているようだ。
「この辺は利用者が多いのかい?」
バーンズが聞くと二人は顔を見合わせてから首を振った。
「いえ、この地区はジェフスキーさんが初めてです。ここの警察署には利用パンフレットの配布をお願いしに来たことがありますけど」
なるほど、それでアリスは知っていたのか。
「申し込みはジェシカが直接?」
「あー、違うと思いますね。僕らが来るって聞いてなかったみたいで、活動を了承してもらうのにえらい手間取りました。で、ご依頼書の息子さんのサインまで見せて理解してもらったんです」
息子だと?
「それ、ちょっと見せてもらえるか?」
バーンズがそう訊ねると、また二人は顔を見合わせてから答えた。
「ええ、書類は車です」
プラスチックのファイルに挟んであった書類を見ると確かに「フレディ」と読めるサインがそこに記してあった。
「君ら、息子さんに会ったのか?」
二人は今度は顔を見合わせずに同時に首を振った。
「普通はサインは作業現場でもらうんです。ジェフスキーさんは先に事務所で息子さんからサインをもらってたんで大丈夫だったんです」
「大丈夫とは?」
「多分息子さんのサインがなかったら了承してもらえなかったでしょうから。そしたら僕らの骨折り損ですからね」
質問が悪かったようだ。
「息子さんからサインをもらったのは誰なんだ?」
二人はまた顔を見合わせると首を傾げた。
「知りません。サークルの誰かだと思いますけど、、、」
「さっきの書類に受付担当のサインなんかはないのか?」
カレッジTシャツほうが顔を明るくし書類を見たが、すぐに表情を暗くした。
「ありましたけど、、、読めますか?」
差し出された書類を改めて受け取りサインを見るが、くしゃくしゃと線がのたくっているだけで一文字も判別がつかない。
「あー、大学に戻れば誰か分かるね?」
バーンズが聞くと二人は同時に喋り出した。聞き取りにくい拙い英語で分かりにくいことこのうえないが、二人の話を纏めると、
『大学で行われているボランティアの多くメールでの受け付けだが、自分たちに関しては、一人暮らしの高齢者が対象であるため電話で受け付けている。その受け付けは別のポランティア団体である高齢者の電話医療相談サービスに兼ねてもらっていて、自分たちは指定された家に行くだけの実働部隊だ』
ということだった。
「では、その電話サービスに連絡すれば分かるんだね?」
「そうです」
「なるほど、ではその番号を教えてくれ」
そこからがまた長かった。
二人は番号を知らなかったのだ。
誰に聞けば分かるとか、今は電話に出ないとか、メールを送るとか二人がひとしきり揉めたあと、警察署にパンフレットが置いてあるという結論にたどり着いた。
「では、アリスにパンフレットを預けてあるんだな?」
「そうです!」
バーンズは、いちいち二人で相談しないと会話もままならない若いアジア人を怒鳴りつけてやりたい気持ちになったが、ぐっと堪えて感謝の言葉を口にした。
「ご協力ありがとう。ところで、UPMCでは高齢者相手のポランティアが流行ってるのか?」
パーンズは二人の返事を聞いて、腹立たしいような悲しいような複雑な気持ちになった。
二人は明るくこう答えたのだ。
「はい、アメリカの高齢者医療はかつては富裕層だけが対象でしたが、オバマケアのおかげで貧困層も顧客対象になったんです。
それでまずどんなニーズがあるのか掘り起こすのと同時に、医療関係者に慣れてもらう必要があるんです。
アメリカの貧困層は病気になっても病院に行く習慣がありませんから」
外国人の口から貧困層などという言葉を聞くとは思いもよらなかった。しかもそれが医療界の新しいマーケットとは。
バーンズは重くなった気持ちを振り払って口を開いた。
「ところで君らは何処から来てるんだ?」
二人は口を揃えて答えた。
「バングラデシュです」
バングラデシュといえは世界の最貧国と言われている国だ。バーンズは気になって聞いてみた。
「そのバングラデシュでは病院は貧しくても行けるのか?」
「はい、国立病院は基本無料です。検査がある場合は、、、」
二人はまたしばらく相談したあと続けた。
「だいたい1ドルから5ドルくらいです」
バーンズはめまいがした。
アメリカの病院ではいくら安く済む検査でも5ドルなんて値段はありえない。安すぎる。
むしろアメリカでは、病気になり高すぎる医療費が払えずにホームレスに転落するケースが多く見られ、問題になっているくらいなのだ。
しかもオバマケアも問題が多い。
中産階級の加入者の負担額が大き過ぎて支払い拒否をする家庭が続出しているのだ。
世界一裕福な国では貧困老人が病院に行けず、かたや世界の最貧国では誰でも無料で医療が受けられる。
この違いは何だ。
建国の理念、我々が愛する自由とはこういうことだったか。
バーンズは新しいアジアの友人に別れを告げると真っ直ぐに自分のバンに向かった。
こんな気持ちでジェシカに会って、どんな顔をすればいいか分からなかった。
若く、大きく、健康的なアリスに早く会いたかった。




