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金曜の帝国  作者: 由利 唯士
10/33

クラーク1

一部文章をカットしました。

クラークの前職のエピソードなのですが異様に長く重たいので、別の章で再掲することにしました。

 クラークは自分のオフィスのPCに映し出された患者目録を前に呆然としていた。

 大学を出でてスクールカウンセラーを数年やったのち、いろいろな職業を転々として数年ぶりにカウンセラーの仕事にありついたのだが、今まで見てきた「あちら」の世界と「こちら」の世界のあまりの違いに戸惑いを隠せなかった。


 掛かりつけのカウンセラーを持つのが流行ったのはバブル景気の八十年代からだと聞いているが、このクリニックではその時代からあまり客層は変わっていないらしい。経営者、会社役員、医師、弁護士と高額所得者とわかる職業名や役職名がずらりとならんでいる。おそらくこの連中のカウンセリング内容はどれも似たり寄ったりだろう。いわく仕事のストレスが云々。いわく家族との不仲云々。いわく若い頃のような自信が云々。どれも猿の戯言である。

 クラークは独り笑みを浮かべた。自嘲の笑みだった。


 クラークはPCの患者目録の中に不思議なマークを見つけた。患者の支払いの項目だ。ほとんどの患者がカードで支払いをしており、ごく僅かの数名が現金である。それ以外に「S」と記入された患者がいるのである。

 クラークはオフィスを出て受付へ来ると会計を担当している職員に尋ねる。

「この支払いの項目の『S』ってなに?」

 彼女はにっこりと微笑むと答えた。

「そのマークの患者さまは費用負担がない方たちですわ、ドクター。州の保護プログラムでカウンセリングを受けてらっしゃる方たちです」

 彼女は微笑みを絶やさず感じが良い。人気クリニックが人気である秘訣だろう。若く美しいことはそれだけで価値がある。

「その人たちだけ絞り込んでリストって作れるかな?」

「もちろんですわ。少々お待ちください」

彼女は数秒PCを操作したのち、

「ドクターのオフィスのプリンターに出力しておきましたのでご確認くださいませ」

 と、再び微笑みをこちらに向けた。

 クラークはお礼を述べると踵を返した。

オフィスへ戻ると確かにプリンターにリストが鎮座している。

 クラークはリストを手にしてカルテ室へ向かう。

 リストは6名。すぐに集めることができた。

 クラークはオフィスに戻るとカルテに目を通し始めた。


 数時間後、廊下から数名の足音が行き来する音が聞こえてきて今が17時半になったと知ることができた。

 かなり集中してカルテに向かっていたようだ。窓から差し込む日差しもすっかり弱くなっている。

 クラークも帰ろうと立ち上がりカルテをまとめているとオフィスの扉がノックされ、先ほどの会計の職員が顔を覗かせた。

「事務方はもう皆あがりますが、何かございますか?」

「いや、僕もあがるから大丈夫。ありがとう」

 普段の業務では使い終えたカルテは受け付けに渡して指定の場所へ戻してもらう。このまま勝手に戻して良いものか判断に迷った。

「ごめん、ちょっと待った。このカルテは普通に戻しておけばいいんだよね?」

 閉じかかったドアが再び開いて顔も戻ってくる。

「あら、カルテ室の鍵は閉めてしまいましたわ。ご一緒します」

「すまない、手数をかけるね」

 クラークはカルテを手にして彼女の後に続く。

 彼女は事務カウンターの中の小さな卓上金庫を開けると小さな鍵束を取り出し、その鍵で鍵箱の錠を開けて別の鍵を1本取り出した。

「厳重なんだね」

「そうですね、以前、患者さんが忍び込んでカルテを盗み出そうとした事があったらしくて」

「犯罪に関わったクライアントが証拠隠滅にきたのかな?」

 カルテ室の鍵を開け、手分けしてカルテを戸棚に戻し始める。

「どうでしょう? 記録に残されたくないことをしゃべっちゃって後から気まずくなるケースもあるんじゃないですか?」

「カルテにそんな細かいことは書かないけどね」

「そうでしょうけど患者さんには分からないでしょうから」

「なるほど」

 カルテを戻し終えてカルテ室を施錠し、鍵を鍵箱の中の所定の位置にぶら下げて施錠。鍵箱の鍵はダイヤル錠のついた小さい卓上金庫にしまった。

「ドクターはひょっとしてドクター・シュルツの死について調べてらっしゃるの?」

 唐突の質問にクラークは驚いた。

 シュルツ氏とはクラークの前任者。殺人事件に巻き込まれて亡くなったと聞いている。犯人は未だ見つかっていないとも。

「いや、そんなことは全然」

 即座に否定したが逆に疑問が湧く。

「何故そんなふうに思うの?」

 彼女は不安そうに眉をひそめて答えてくれた。

「だって警察も保護プログラムの患者のカルテの閲覧を申し込んできたものですから、、、犯人がこの中にいるのかと思って」

 クラークは背中に寒気を感じた。保護プログラムの患者たちは主に暴力犯罪の被害者たちだった。通常は犯人扱いなどされないが、被害者がなにかのはずみで加害者にまわることも可能性としてある。

 なにしろ他の患者は金持ちばかりなのだ。州の補助でカウンセリングを受けるような低所得者に疑いが向くのは当然だろう。

 しかし、経験の浅いしかも数年ものブランクのある自分がこんな人気のクリニックに採用された理由の一端が垣間見えた気がした。


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