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セイリオスの逃亡 5


 次の日は普通に出勤日だった。……それでも朝、スコット家に寄ったのは他でもない、旧友に対する気遣いでもあった。

「おはよう、オリヴァー」

「おはよう、モーリーン」

 用を言おうとしたがモーリーンはふっくらと微笑んでドアを大きく開けた。

「入って? 朝食を食べる時間くらいあるでしょう?」

「……」

 幼い頃からお世話になっている第二の母親のようなひとにそう言われてしまうと、遠慮が出るよりもまず言葉に甘えた方が彼女はよろこぶんじゃないのかと、そんな風に思ってしまう。大人しくうなずいて丁寧に礼を言い中に入ると、キッチンに砂色の髪の女性と不思議な色の髪の女性が―――二人が同時に振り返り、そしてお互いに視線を合わせて、微笑う。

「本当だ」

「ね、言ったでしょう?」

「……どうしたんだ?」

 不穏な匂いはないが理解の出来ない会話に首を傾げるとアマンダはくすくす笑った。

「絶対オリヴァーが朝来るってあたしとママが言ってたのよ」

「……」

 読まれていたのかと、少し―――否、だいぶ気恥ずかしくなった。テーブルの上に皿が五人分並んでいるのを見て撃沈する。

「おはよう、カーター」

「……おはよう、ミカゲ」

 軽く笑った少女がコンロに向き直り動く。てきぱきと、しかしやわらかな動作で朝食を作り上げてゆく若い娘二人を見て、スコット夫妻は満ち足りたようにふうっと息を吐いた。

「いいわねえ、娘二人。もうひとりくらい欲しかったわね」

「そうだなあ」

 養子をもらってもよかったなあと穏やかに言うラルフは、異国から来た少女を見て眼を細めていた。幼く見えるが丁寧な態度でいるその姿は、……街の住人すべてから愛されていた、あのキサラギ一家を思い出させるのか。だいぶ昔に亡くなってしまった旧友の祖父であるキサラギ氏とどこか同じ、凛と通る一本を感じるのは、同じ島国故なのか。

 並べられた朝食(具たっぷりのオムレツにびっくりするほどおいしいトマトソース。かりかりのベーコンにキツネ色に焼けたトースト、とろりとしたコーンスープに朝摘みサラダ)に舌鼓を打ち、オムレツにかかっているトマトソースが美味いと言ったらそれは少女が作ったトマトソースだとのことで驚いた。昼食にいつも食べる味気ないホットドックに垂らせばそれだけで絶品になるだろうと思えるそれ。思わずうなるとアマンダが笑った。

「教えてもらえば?」

「……時間があったらな」

 食べ終わり、食後のコーヒーを少女から受け取って―――よく働くなあと思わずしげしげと見ると、視線に気付いたのか少女が小首を傾げた。

「カーター?」

「……いや、なにも」

 いつもならからかってくるようなアマンダも何も言わなかった。さっきだって「教えてもらえ」と言うだけで、冗談でも「嫁に来てもらえば」とは言わないのだ。

 相手が、違うから。

「……ミカゲ」

「うん」

「……今日はどうするんだ?」

「今日はあたしと一緒に街を散策」

 アマンダが言った。

「〈ジミー・ディーズ〉でお昼を食べてね。ポーラに会いたいって言うから」

「……そうか」

 それなら、いい。……あの病院は、あのひとは……街の外れに、いるのだから。




「なあオリヴァー、あの日本人の女の子は彼女か?」

 保安官事務所に着くと同時に詰め寄って来たのは部下のハイクだった。こいつ、いつもは時間ぎりぎりに来る癖にこういう時に限ってオリヴァーより先にいる。

「あのって?」

「惚けるなよ、街中の噂だぞ。あの独り身オリヴァーが女の子連れて来たって」

「……」

 狭い街だなと、こういう時に痛感する。

「すっごく若い子だよな。高校生か? それとも大学生? でも連れてるってことは友達ってことだろ、なあオリヴァー。紹介してくれよ、かわいい部下をさ」

「お前のどこがかわいいんだ」

 至極真剣にそう言ったつもりだったのだがハイクには上手く伝わらなかったらしく「今日の夜とか!」とひとりで勝手に話を進めている。

「紹介はしないぞ」

「え?」

 きっぱりと、声を硬くしてそう言うと驚いたようにハイクの動きが止まった。凝視される。

「……なんだ」

「……オリヴァーがそんな風に強く言うのはじめて聞いたよ。オリヴァーの彼女か?」

「それ、仮にあの子に会ったとしても絶対に言うなよ。いいか」

 知らず内に声に凄むものが混じった。さらに驚いたように、驚きを通り越して困惑したようにハイクがもぞりと後ずさる。……咳払いをして、調子を整えた。

「……あの子は、俺の友人の恋人だ」

「へ、……あ、あ、そう、か。……悪い、でもそんなに怒ることか……?」

「その友人は、数年前に死んでいるんだ」

 はっきりと、ハイクの表情に恥じ入るような色が浮んだ。お調子者だが根はいい奴なのだ。結構な頻度で調子に乗り過ぎるが。

「……悪かった。調子に乗り過ぎたよ」

「……いや、俺も悪かった。……あの子がただの友人なら、紹介してもいいんだ。だが、そういう意味では紹介出来ない。……まあ、たまたま行き会ったら自己紹介くらいは取り持つさ。だけどあの子がこの街に来たのはいろいろ覚悟が要ったはずだ。軽はずみには声をかけないでくれ」

「肝に銘じるよ」

 思った以上にハイクは落ち込んだようだった。……そういえばこいつも去年祖母を亡くしていたなと思い出す。お婆ちゃん子だったらしいハイクはしばらく手の付けようがないくらい落ち込んでいた。それと兼ね合わせて、いろいろ思うところがあるらしい。

 首を横に振った。

「お前の誰とでも楽しく喋れるところはとてもいいと思うから、普通に喋る分にはあの子も問題なくむしろ楽しむと思う。……ただまあ、だからと言って特別仲良くなれるとは期待するな」

「ああ」

 ハイクがこくりとうなずいた。ふう、と息を吐く。……言葉が足りていないかもしれなかったが、とりあえずハイクは納得してくれたようでほっとした。

「……あの子は誰の彼女なんだ?」

「……キサラギだよ。オーリ・キサラギ」

 オーリが亡くなった時、ハイクはまだ保安官ではなかった―――が、この街出身なので知っているだろう。そう思い告げると、「え?」という裏返った声をハイクは上げた。

「オーリの?」

「そうだよ。……どうした、その顔は」

 そんなはずがないとか、予想外だとか、そんな風な本当に驚いた顔をハイクはしていた。

「や……ほら、俺のダチのビート。あいつんちがモーテルやってるんだけど」

「ああ」

 この街唯一のモーテル。思い浮かべてうなずくと、ハイクは驚くべきことを言った。

「あそこの宿泊客が言ってたんだって。―――自分はオーリ・キサラギの彼女だって」





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