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セイリオスの逃亡


 ……無機質な着信音が連れて来たのは、懐かしい旧友の声だった。

『やあ、オリヴァー。元気かい?』

「……そう思うか?」

 本気でそう問いたかった。我ながらしみったれた声でゆっくりと返すと、電話の向こうで旧友が笑った。

『相変わらず人手不足かい? でも部下も新しく入ったのだろう?』

「漸くクレヨンじゃなくボールペンを使うようになったくらいのガキだよ、俺からしてみれば」

『言うね。保安官も大変だな』

「弁護士ほどではないと思うがな。……で、何だ、ディアム」

 旧友は―――ディアム・スコットは、電話の向こうであいさつと同じようにあっけらかんと、

『うん。―――君、まだ有給は残っているだろう? 休みを取ってひとり迎えに行って欲しい子がいるんだ』

「……俺の旧友がとても身勝手なことを言っているように聞こえるんだが、俺は自分が思ってるよりも疲れ過ぎてるんだろうか?」

『いいやまさか。本気で言ってるよ』

「それが問題なんだよ」

 うめく。雨と霧と森のこの小さな街の保安官、安月給の上にやっていることは便利屋と一緒だ。やれ庭に蛇が出た、やれヒーターの調子が悪い、やれ電球が切れた……大きな事件なんて起こらず、あるのは酔っ払いか高校生の喧嘩程度。のんびりとした田舎街で、言ってしまえば、暇だからこそ雑用しかやることがないだろうと住民たちが思い細々とした雑務を回しているという現状。生まれ育った街とはいえ溜め息しか出て来ない。

『君が僕の友人で、そして保安官だから言っているんだ。これは雑用だからという意味じゃなく、正しく君が保安官という意味でだよ』

「ん……?」

 少し引っかかって、受話器を軽く持ち直した。

「どういう意味だ?」

『もし万が一襲撃されても君なら対処してくれるだろう? 普通の人間には無理だ』

「……その、お迎えを必要としている子というのは指名手配半か何かか? 今を輝くトップスターか?」

『いいや。けど、とっても大切な女の子なんだ』

 ちょっと言葉を失った。……なるほど?

「お前の彼女を迎えに行けと。道中万が一があったらいけないから俺に行けと」

『後半は正解。前半は違う』

「……?」

『俺の彼女じゃない。だけど俺が心から大切にしている女の子だよ』

「……もったいぶるな。誰なんだ?」

『オーリの彼女だよ、オリヴァー』

 ディアムは―――旧友は、もうひとりの旧友の名前を―――今はもう亡きその人物の名前を、呼んだ。

 息を、吞む。

『オーリの彼女を迎えに行って欲しいんだ』

 ―――オーリ・キサラギを愛し、そして愛された女性が、この街に来る。





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