レグルスの英断 5
「おかえりー」
帰宅すると、一番上の長女がキッチンにいた。
「……」
「……え? なに?」
じっと見つめていると、娘はたじろいだようにうろたえた。
「……いや」
首を横に振る。
「……ちょっと、深雪が小さかった頃のことを考えてたんだ」
「え、なに急に」
娘が―――深雪が何だか中途半端な渋面を作る。
「わざわざ旅行に行ってまで考えることじゃないでしょ……」
「……それもそうだな。深雪、話そう」
「え?」
「深雪と話したい気分なんだ。付き合ってくれよ」
「……まあ、いいけど」
「大きくなったなあ。深雪は将来、何になりたいんだ? お花屋さんか?」
「なあに本当……それにいつの話よ、それ……小学生の時の話でしょ……」
「お姉ちゃんは看護師目指してるんだよー」
「あっ湊余計なことをっ」
「えっそうなのか! あれか父さんが父さんだからかっ?」
「あーうるさい!」
ぎゃんっと深雪が吼え弟の湊がテレビから目を離しけらけら笑う。風呂から出て来た妻があらおかえりなさい楽しそうねと言って麦茶を飲み干し、お風呂あったかいわよとやわらかく言って勧める。
「―――え、何でお父さん泣いてるの」
「―――ああ、なんでかなあ」
何でかな。何でだろうな?
幸せだなと、想ったんだよ。
いつか言おう。そうだな。―――深雪が本当に看護師になった時には、言ってみよう。
父さんは嘘を吐いたのだと。
どうしようもなくて、どうしようもなくて―――どうしようもない想いを抱えながら、それでも嘘を吐いたのだと。
重たかった。苦しかった。―――辛かった。
そしてさらに続けよう。あるどうしようもない嘘吐きがいたのだと。
そのひとはひとの心しか考えていなかった。
どれだけ自分が重たく、苦しくて辛くても―――その相手のことを思い、嘘を嘘のままにさせてくれた、どこまでも高潔な嘘吐きがいたのだと。
どれだけ辛くても自分の脚で立ち続けた勇敢なひとがいるのだと。
少女のような、そしてその父親のような高潔なひとになってほしくて、お前たちの名前をつけたのだと。
あの時嘘を吐いたこと。子供たちの名前をつけたこと。
いろいろな意見があるだろう。様々なことを言われるだろう。
けれど、だけどそれは。
那岐が下すことの出来た一番の英断だと、思うんだ。
〈 レグルスの英断 レグルスの決断 〉




