レグルスの英断 3
……柊港の葬儀は恙無く行なわれた。
喪主である妻も、そしてその娘も、……当然のようにいたが、那岐は顔を伏せ、自分があの時の救命士だと気付かれないようにした。……どうしてだか、絶対に気付かれたくはなかった。
あいさつを受け、あいさつを返し……弔問客の言葉に抑えた口調でそれでも丁寧に返す柊の妻の姿を遠くからぼんやりと見て―――ふと、娘の姿がないことに気付いた。どくんと胸が嫌な音を立てる。―――どこに。
雨の降る中、葬儀会場を出て傘も差さず那岐は小走りに走り出す。どこだろうか。どこに―――どこかで、泣いているのだろうか。
だとしても那岐に出来ることなんてないのに―――かけられる言葉なんて何もないのに、それでも那岐は少女を探して雨に打たれながらも走り回る。求めて、探す。
少女の姿は、外の片隅にあった。
誰かが軽く身を屈め、少女と向き合っている―――まだ若い女性だった。
雨に自分と少女が打たれるのも構わず、その女性は少女に言う。
雨の中だというのに、那岐からは少し離れているというのに―――その奇妙に早口の乾いた言葉は、那岐の耳まで届いた。
「―――即死でよかったわね」
―――そくしで よかったわね
那岐は眼を見開いて。
那岐は言葉を封じられた。
その女性は真っ直ぐに立ち少女を見下ろした。感情が今にもこぼれそうな、そしてそれを押さえ付けている眼だった。
少女は何も言わない。何も言い返さず、黙って女性を見上げ続ける。―――その深い深い眼で。
無言で見合って―――そして女性は、踵を返す。
雨に濡れた、砂利の湿った音。
「…………」
少女はじっと、立ち尽くす。女性の姿が小さくなり、そしてやがて、消えたあとでも。
「…………」
瞬きもせず。雨に打たれ、―――それでもまだ、自分の力で立ち続ける。
誰にも頼らず、世界を見つめ続ける。
「―――ミユキ」
ふと声がして、……柊の妻がやって来た。
さした傘を、娘に傾ける。
「―――どうしたの、びしょ濡れよ」
「―――うん」
娘の声は、何事もなかったかのようだった。
「ごめんなさい。服、濡れちゃった」
「いいの、そんなの……風邪引いちゃう」
「だいじょうぶ」
少女が首を横に振る。……ぺったりと張り付く黒い喪服の裾を、小さく摘んだ。
「おかあさん」
「なあに?」
「この服、もう着たくない」
「……ええ」
「お願い。……今日が終わったら、これ、棄ててほしい」
「……ええ、そうしようね」
「うん。……ありがとう」
「ううん」
「……お客さん、待ってるよ。先に行ってて? ……わたし、着替えてから行くから」
「……うん」
きゅ、と娘を抱きしめて―――軒下まで娘を届け、妻は室内に戻って行った。
少女はそれをじっと見つめていた。―――そして。
「……こうくん」
誰かの名前を、呟くと。
再び雨の下に飛び出した―――走り出す。
でももう、那岐は追わなかった。
追えなかった。
追ったって、追いついたって、何も言えなかったからだ。
―――こんな酷い現実に、それを受け止める少女に―――那岐はもう何も、言えないからだ。




