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レグルスの英断 2


 ―――柊 港の葬儀は雨の降る白い日に行なわれた。

 体調不良と嘘を吐いてまでその葬儀にそっと参列したのは、……柊港が死んだあと、病院で会ったその妻と娘のことがどうしても気になったからだった。

 心に残る。……引っかかるように。しこりのように。重みのように。

 上司は柊港の遺志を尊重した。

「主人は……生きていたの、ですか……?」

 掠れた声で問う柊港の妻の言葉に―――上司は、ほんの数瞬、黙った。

 そして―――『言う』。

「……いえ。……即死、でした」

 即死でよかった、なんて。

 なんて残酷なよろこびなのだろう。

 苦しまないでよかった。

 痛い思いをしないでよかった。

 それが僥倖だなんて。―――そんなことが、僥倖だなんて。

 柊港の妻はうな垂れて―――お世話になりましたと、本当に小さな言葉で呟いた。

 震える、声だった。

「……」

 うな垂れて。―――その場を、あとにして。

 のろのろと歩いて―――そして、廊下にぽつんと立つ子供に、出会う。

「ぁ……」

 まだ幼い少女。小さな身体。

 折れそうなほど細い四肢で、それでも何にも寄りかからず、自分の力で立つ少女。

 大きな瞳は、似ていなかった。

 父親とも、母親とも似ていない、少女だけのものだった。

 それでもわかる。―――この少女が、誰の娘なのか、わかる。

 少女が那岐を見上げる。―――さらりと肩から落ちて、ふわりと色を変える髪。

 儚いグラデーションを描く、不思議な髪の色。

 違いは、赤に染まっているかいないかだけだった。

「―――おとうさんは」

 やわらかい声。通らないけれど、けれどその分、どこでもやさしく馴染む声。

「おとうさんは、生きていたのですか」

 ―――少女の母親と、同じ言葉を。

「……お嬢ちゃん……」

 上司が吐息のように、言葉をこぼした。……那岐はまるで引かれるように、少女の前に膝を付く。

 みゆ、き

 柊港が呼んだ―――愛する娘の名前。

 那岐は。―――那岐は。

 唇を噛んで。その少女の、―――柊幸の、世界を吞み込みそのまま映すような、海の底の光のように輝くその深い深い眼を―――同じ高さから、見つめた。

「―――幸ちゃんのお父さんは、……もう、生きていなかった」

 最期の願いを。

「―――即死、だったんだ」

 父親の願いを。

「―――助けてあげられなくて、ごめんね」

『言った』

「…………」

 柊幸が、じっと那岐を見つめる。その、深い深い眼で。

 那岐もそれをじっと、見つめ返した。

「……はい」

 やがて少女は、小さな声で返事をした。

「はい。……わかりました」

 ほんの僅か、うなずいて。

 それから深く深く、下げられた。

「―――ありがとう、ございました」

 それは何に対しての礼なのか。

 やめてくれ。やめてくれ。

 やめて、くれ。

 ゆっくりと顔を上げた柊幸が、歩き出す。―――自分の力で。

 ゆっくりと、けれど確実に歩いて行き―――母親の、元へ。

 母親を見上げ、それから、その親子はしっかりと抱き合った。強く強く、抱き合った。

「―――那岐」

 小さな、けれどしっかりとした声で上司が呼んだ。

「……よくやった」

 これほど哀しい言葉を那岐はもらったことがないと、そう思った。




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