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サザンクロスの英雄 23


「……終わったんだなあ」

 一日早く迎えに来たバスに乗り込み、そう言ったトーマスの声は本当にしみじみとしていた。思わずその言葉にこくりと無言でうなずく。

「終わったんだね」

「……こういう時、あれだっけ? 日本では『お家に帰るまでが遠足です』って言うんだっけ?」

「……うん、まあ……まあ……?」

 言う、かな? 首を傾げたが、まあ、言うかもしれない。

「……いろいろあったなあ」

 そう言いトーマスが視線を向けたのは―――座席で目を瞑り眠るスーだった。

 眠っている。疲れたように。でもどこか、ほっとしたように。

「……大変だった、な」

 それはトーマスが自身に向けた言葉ではなく―――たったひとり、どうしようもなく立ち尽くしてしまった少女に向けての言葉なのだということは、わかった。

「……家族はいろいろ、あるから。いつになっても、自分がいくつになってもあるんだ」

「……うん」

「自分も歳を取るし、相手も歳を取る。……けど、それって幸せなことなんだ」

「え?」

「だってそうだろう。―――自分の歳が追い付くことがないということは、それだけ長く、そのひととこの世界に居れているということなんだから」

 普段は思いも、気付きもしないけれどね。……静かに言ったトーマスにも、何か思うところがあるのかもしれない。

 家族。

 やさしくてあたたかくて―――けれどややこしくて面倒で、心を安らげたり搔き回したりする存在。

 視線をやる。揺れるバスの振動、窓から差し込む光の動きに合わせてその色を変える、あの不思議な髪。

 眼を閉じ、眠っている姉。―――その姉に寄りかかるようにして並び眼を閉じる、金色の髪の少女。

「……」

 語らない。そのことについては、お互い。

 兄が識ったということを、最後まで、妹は識らない。―――それでも。

「……それでも、一緒にいたことは、あるんだよ」

 眠る姉と妹。

 泣きたくなるくらいの感情。

 そう。

 それでも、一緒にいた時間は、確かにあるのだ。

 たくさん話して、

 たくさん、笑った。

 たくさん考えて、

 やさしくなろうとした―――たった、数日間。

 永遠の時間。かけがえのない数日間。

 君と、過ごした時間。

「……大丈夫だよ。スーは」

 トーマスが微笑んだ。

「お雛様とお内裏様のように。昔話の英雄とお姫様のように。ひとは誰かに会って、過ごして、別れて。……そして物語は終わらず続くんだ。だから、大丈夫」

 トーマスの、やわらかいがしっかりとした声。

「僕たちは大丈夫なんだ」




 子供たちがまだ眠る中、バスはとある街で停まった。

「―――ここで、いいの?」

「うん、ありがとう」

 うなずいた姉が鞄を肩にかけバスの細い通路を抜けた。

「ありがとう、トーマス」

「こちらこそ、ユキ。会えてよかった。……いつかまた、会おう。僕は君のご両親の近くに住んでいるから」

「うん。……いつか会えたら、いいな」

 微笑み合い、姉とトーマスは抱き合った。身を離し、それから姉は少女に―――スーに向き合った。

「……ユキとトウマ、姉弟だったのね」

「うん、そう。……黙っててごめんね」

「本当よ。あたし、いろいろ自分のこと話したのに」

「ごめんね」

 少し拗ねたようにスーが言って、姉が申し訳なさそうに微笑んだ。

「いろいろあるんだ。―――主に、わたしが」

「ユキが?」

「そう。わたしが」

「……そう」

 まあユキならいろいろありそうねと、スーは呟いた。

「……ありがとう、いろいろ」

「いいえ。わたしは特に何もしてないから」

「それでも、ありがとう。……いつかちゃんと、お互いのこと、話しましょう」

「うん。―――楽しみにしてるね」

 二人は抱き合わなかった。ただお互いをまっすぐに見つめ合い、握手をした。

「―――持つよ」

「ありがとう」

 バスを降りるだけの行程だったけれど、トウマは姉の細い肩から鞄を取り持った。少し驚いたように姉がトウマを見て、それからうれしそうに微笑む。

 姉がバスを降りる。トウマも続いて。とん、とん。

「―――子供たちにあいさつしなくていいの?」

「うん。―――縁があれば、きっとまた会えるから」

 そのことを心から信じている言葉だった。

「―――そっか」

 姉らしいと、微笑んで。降りる。降りる。とん、とん、とん。

 とん。

 足がしっかりと地面を捉え―――姉が、振り返った。

「トウマ」

「ユキ」

 お互いに向き合って、微笑い合う。

 同時に手をのばして、抱き合った。

 小さくて頼りない。やわらかくて儚い。

 いつの間にか自分の方が大きくなっていたけれど―――それでもまだ、まだまだ追い付けない、華奢な身体で世界を臨む姉。

 愛おしくて大切な、トウマの家族。

「大好きだよ。―――元気で」

「大好きだよ。―――幸運を」

 いつかまた会おう。だって縁があるのだから。

 途切れないことを、終わらない形を自分たちは選んだのだから。選んで、選び続けて来たのだから。

 あの時から、四人が集った時から。ずっとずっと。

 身を離す。見慣れた不思議な色の髪と深く深く輝く眼。

 胸がいっぱいになってふは、と微笑うと、同じように姉もふは、と微笑った。




〈 サザンクロスの英雄 サザンクロスの姫君 〉




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