サザンクロスの英雄 17
急遽最終日になった今日の夕飯は豪勢だった。大量の野菜や海老を姉が天ぷらにし、好評だった散らし寿司もまたどんと大きく並ぶ。それにお味噌汁まで並べば、もう子供たちの食欲は爆発した。ばくばくとおいしそうに食べて幸せそうな顔をする。
「おれ、ユキをお嫁さんにするよ!」
ジョーイがそんなことを言って、胃袋を掴めというのはどの年齢にも通用するんだなあと妙なところで感心した。苦笑してジョーイの頭をくしゃくしゃ撫でる。
「ユキはだーめ」
「なんでー!」
「わかった、トウマがお嫁さんにするんだ!」
リチャードが自信満々にそう言い切るのでちょっと反応に困った。ふはっと笑うのは姉で、何だか楽しそうににこにこしながら、
「うん、じゃあそうしてもらおうかなあ」
「うーん……」
何だろう、一瞬いいなと思ってしまった……いや、姉と結婚するのは無理だし問題があるのでしないが、結婚するなら姉みたいなひとがいいなとか昔から薄々思っていたことが一気に現実味を帯びたというか。自分の好みは、姉や吉野のように芯のしっかりとした自立した……ある意味自立し過ぎたひとなのだ。……まあ吉野にはずっと付き合っている彼氏がいるし、姉は姉で日本に残して来ている一途なひとがいるし。……どこかにいないかなあ、凛と自立しているけれどやわらかさも持った、ふわりと笑うのが本当にかわいいひと。
何だか人生についてある意味ものすごくよく考えている内に食事は終わった。とっておきで用意していたアイスケーキまで全て全員でたいらげ、男女分けてバンガローに一度戻る。早めにシャワーに入れ、そして一番バンガローにもう一度集合。お雛様の前で写真を撮ったりちょっとしたジェスチャーゲームなどをして最終日の夜を楽しもうと、そんな風に決めていた。
「トウマ。後片付け手伝ってくれる?」
「うん、もちろん」
子供たちをトーマスとスーに任せ、二人でキッチンに並ぶ。繋がるフロアからひとが消え、このバンガローには自分たちだけ。……かちゃかちゃと皿と皿が奏でる中、お互いに言葉を交わす必要もなく、かつてそうであったように自然と役割分担をし、皿を洗っていった。
「スーが元気、ないね」
「……うん」
うなずく。午前、受けた言葉を思い出していた。あの時スーが語った兄の話と、それから以前聞いたスーの姉と両親のことも。ぽつりぽつりとそのことを姉に言うと、姉はうなずいて、ややあってから、
「……誰しも、家族に対して思うことはあるね」
「……うん」
「家族に問題がないひとなんてこの世にいないと思う」
「……」
問題。
愛しているから、愛されているから生じる問題。
愛していないから、愛されていないから生じる問題。
愛情も、関心も。あってもなくても。感情が『ない』ということが『あって』も。
ひととひとだから。どんな形であれ、誰にでも生じる、『問題』。
「……そっか。でも、そっか」
一瞬だけ手を止めた姉が、どこか遠くを見る。深い深い眼が音もなく輝き、その深さを増す。
「……」
綺麗だな、と、その横顔を見て思った。
「……俺は、さ、」
「うん」
「恵まれてるんだ。……母親に捨てられたけど父さんはずっと俺といてくれたし、父さんと母さんが出会ってからは母さんが俺の母さんだった」
「うん」
「俺にとっては物心つく前から母親は母さんだったし、ユキは姉さんだった。俺にとっては当たり前だったけど―――でもあの時ユキはもう大きかった」
「うん」
「……躊躇わなかった? 家族になるの」
「うん」
流れる水の音。
ゆるくゆるく、姉が微笑む。
「全く。……全然、躊躇わなかった。……トウマ。トウマはどこかで、わたしを美化し過ぎだと思う」
「……美化?」
「うん」
姉が皿を洗って、トウマが受け取る。トウマが拭いて、皿を重ねてゆく。
「トウマが思っている以上にわたしはずるいし、卑怯な人間だよ」
「……そうかな」
「そう。いろんな矛盾を抱え込んでいるし、嘘だってたくさん吐いて来た。……トウマが思っている以上に、だよ。わたしは―――私は本当に、詐欺師だったんだ」
「……」
「トウマ。でもわたしは、トウマには嘘吐きになってほしくない」
「……」
「そしてね」
きゅ、と、姉は水を止めた。
「少しだけ、覚悟しようか。……たぶん、今がその時だ」
そう言って姉は、その深い眼をゆっくりと瞬かせた。




