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サザンクロスの英雄 16


 たっぷりと外で遊び、昼食を食べ、……トーマスはバンガローの中で子供たちにもったいぶってから段ボールを開けて見せた。

「オヒナサマだ」

 ついに披露することになったお雛様を見て、子供たちは息を吞んだ。文化の違いはあれど、それがとても精巧に出来た素晴らしいものだということは子供たちにも十分伝わったらしい。……尤も、男子たちの注目は主に雛壇―――これはトウマたちが組み上げた―――の方に向いていた。危険な香りがしたので、絶対に登っちゃ駄目だと、それだけはしっかりと釘を刺しておく。裏側の空洞を覗き込み秘密基地に出来るぞと騒いでいたのでさらに釘を刺す。

 心配していたアビゲイルもお雛様を見て眼をきらきらさせていた。それを見たレオンもほっとしたようにしているのでとりあえず一段落かなとこっそり胸を撫で下ろす。全体の中でも一番眼を輝かせているのがアビゲイルだった。

「こんなに大きなお雛様ははじめて!」

「アビゲイルはお雛様を知ってたの?」

「ママが昔写真を見せてくれたの」

「そっか……」

 このキャンプに行くと言い出したのは自分からだとさっき言っていた。なるほど、日本に興味を持ったのは母親がきっかけだったのか。本当に、折が合わないところが強くありはしても母親からも大きく影響を受けているのだろう。アビゲイルは眼に見えて繊細で、そして母親はきっと大らか過ぎるのだ。

 昨夜映像で並べ方を予習していたトーマスは、それを表示させてみせながらもみんなで並べてみようと言った。子供たちが楽しそうにそれぞれ人形や小物に手をのばし、間近でしげしげと眺め出す。

「ウダイジンが左で、サダイジンが右よ! それでね、ウダイジンには『右』って意味があるの! サダイジンは『左』よ!」

「え、右が左で左が右?」

混乱したようにジョーイが繰り返すのを楽しそうにきらきらと眼を輝かせるアビゲイルが楽しそうにうなずき、それをを姉がじっと見て、それからとてもやさしい顔で微笑った。

 並べる作業は比較的すぐ終わったが、そのあとその人形がなんと呼ばれているのか、そしてその職業はどんなものなのかというものを簡単に説明し、そして話は作った紙芝居を用いて輝夜姫の話になってゆく。歴史背景等を何となく理解した子供たちは思っていたより真剣に物語を聞いていた。

「なかなか濃いプログラムだよなあ」

 小声でぼやくとこくりと姉がうなずいた。右からお雛様、お内裏様、そしてその下に三人官女、五人囃子、随臣、仕丁……姉のお雛様は三段雛で、人形的には三人官女までだったので十五人揃った七段雛というのを間近でじっくり見るのははじめてだ。

「こう見ると結構迫力あるもんなんだな。すごい力を持っていそう」

「元々子供の健やかな成長を願って創られたものだからね。きっと持っているんだろうって、そう思う」

 この子が健康に育ちますように。この子の心が穏やかに在りますように。そう願って親や祖父母から送られる、お雛様。

「……」

 姉が、今は亡き父と祖父から送られたという、それ。

「……ねえ、ユキ」

「なあに?」

「……あのさ……」

 声が微かに震えたことに、気付かないふりをした。

 ポケットの中で、ずっとずっと抱えていた言葉が―――手紙が、かさりと音を立てる。―――家族の心を、想うこと。

 それを当たり前に行なえる姉。

 どうしたら家族なのだろう? だって元々自分たちは家族ではなかった。父と母が出会って、そのあと自分たちも両者の親によって顔を合わせて。

 ―――家族になる前から姉はやさしかった。母だって、自分にとてもやさしくしてくれた。まだ本当に幼かった自分にとって、母が母で姉が姉だ。じゃあ、生まれて一年経つか経たないかの時に自分と父を捨て出て行った生みの母親は何なのだろう。家族なのだろうか。家族であった時はきっと確かにあって、そしてそれはもう終わっているのだろうか? 終わったとしたら、いつどこの瞬間で終わったのだろう?

 父親を喪った姉と。

 母親を失った自分と。

 父親を得た姉を。

 母親を得た自分と。

 家族になって―――じゃあ、元々いた『家族』は?

 血の繋がりがあれば、いつまで経っても家族?

 家族であることは―――どうしたら、赦される?

「ユキ!」

 スーがキッチンから呼びかけた。姉が振り返る。

「ごめん、オコメ炊くのって水このくらいで大丈夫かしら?」

「今行くね」

 返事をした姉がトウマを見た。深い深い色をした眼がじっと見つめる。……大事な話をしようとしていることを、悟られていた。

「……あとにする」

「うん。……トウマ」

「なあに?」

「……いい子」

 ふは、と微笑って、姉はくしゃりと髪を撫でてくれた。……以前は簡単に出来ていたそれが、今は背伸びしないと出来ないことに気付き、胸がいっぱいになって泣き出しそうになるのを必死に堪えた。



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