もういいかい? 泣かない君 7
蕪木の家は、大学の最寄駅から数駅のところにあった。家から通える範囲で大学を探したらしい。家から通う、というのが絶対条件だったようだ。大学生の一人暮らしはめずらしくないので、少しだけ不思議に思った。
駅に到着して少しだけ歩いた。十分弱ほど。蕪木の歩調はゆるく、弥子でも余裕で付いてゆけた。誰かと歩くことに慣れているのだろう。
高級というほどではないがそれなりに整った住宅地の一角、そこに蕪木の家はあった。比較的大きな一軒家だ。表札が目に入って―――内心首を傾げる。蕪木とは違う苗字だった。
「ただいま」
疑問の中の弥子を背後に、既に灯りの付いている玄関に鍵を開けた蕪木が入り込む。恐る恐るそれに続くと、ぱたぱたという軽い足音が奥から近付いて来た。
「おかえりなさいっ」
弾むような足取りで飛び出して来た制服姿の少女は蕪木を見て輝くような笑顔で微笑み、それから背後の弥子に気付いて―――絶句した。驚愕という言葉がぴったりな表情を浮かべ、その大きな目をまん丸に見開く。頭の中どころか上にまでいくつも疑問符を浮かべているのがわかる。
が、少しだけ間を置いてなにやらを理解したようだった―――ぎこちなく何度かうなずき、蕪木を見てまたひとつうなずく。
「はい。―――はい。
……はじめまして、京子です」
弥子もまた弥子で酷く驚いていた。さらさらとしたストレートの髪。整った顔立ちの美少女。
今日駅で会った女子高生だ。
「あのっ、今日駅で……!」
叫ぶように言うと少女は一度ぱちくりと瞬きし、それから「あ!」と言った。
「あの時のきれいなお姉さんだ!」
それからしまった、という顔になった。見る見るうちに顔が真っ赤になって、ぱたぱたと顔の前で手を振る。
「あっ、ごめんなさいっ、思ってたことつい、あの、ごめんなさい、悪気はないんです、気を付けますっ、」
「いっ、いえっ、いえっ? あ、あの、そんな、気を使わせてしまって本当ごめんなさっ、」
「き、気なんて使ってない! ……です! あの、本当に!」
「落ち着け」
靴を脱いで上がった蕪木がぽふっと少女の―――京子の頭に手を乗せる。
「知り合いか?」
「う、うん。今日ね、駅のホームでごたごたきた時に会ったの」
「キョウがなにか危ない目に遭ったのか?」
「遭ってない! あたしは全然大丈夫! 全く問題ない! 本当に!」
京子の声に必死さが混じった。自分が無事であること、なんの問題もないことをとにかく知ってほしいようだった。蕪木がひとつうなずいてわしゃわしゃと頭を撫でる。やさしい手つきだった。
「そっか。ならよかった。―――ということは、立岡さんがなにか危なかったの?」
「い、いえ!」
あわてて首を横に振る。どうしようか考えて少しどもりながら、
「駅のホームでひととぶつかってしまって……そのひとにちょっと因縁を付けられてしまって、困っていたところを……京子ちゃんが助けてくれたんです。本当にありがとう、京子ちゃん」
深々と頭を下げるとぶんぶんと京子は首を横に振った。少し事実と違うことを言ったのだが、少女はなにも言わなかった。
「い、いえ。本当、お姉さんが大丈夫なら本当あたしも大丈夫で。……あの、お姉さん……立岡、さん?」
「あ、私、立岡 弥子です。蕪木先輩と同じ大学の後輩なんです。先輩にはいつもお世話になってて」
「蕪木の後輩?」
意外なものを見た、という感じにぱちぱちと瞬きされる。その仕草すら愛らしい。蕪木家のDNAってどうなってるの。
「そう。今日夕飯みんなで食べようかと思って呼んだ。……立岡さん、上がって。せっかくだしリビングで話そう」
「は、はい」
言われて気付いたが玄関先でずっと話していた。驚きが大き過ぎて。
あわてて靴を脱いで上がらせてもらうと、目が合った京子はにこりと微笑んでくれた。駅で会った時と同じあたたかさと、そしてプラスされた弥子への親しみまでを込めたもので。