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サザンクロスの英雄 12


 子供たちは既に寝入っていた。ひとりひとりそっと表情を確認し、その呼吸が穏やかで規則正しいことであることにほっとする。

 余っていたベッドにそっと腰かけた。押さえた声で、日本語で話しかける。

「……ユキ、寝てていいよ」

「夜更かしは慣れてるから大丈夫だよ。トウマ先に寝てて? それで、朝早く起きてもらえれば」

「誰かが来るとしたら朝より夜な気がするよ。だから先に寝てて」

「……」

「どうしたの?」

「……昔はわたしが寝かしつけてたのになあって……」

「……そうだ、けど」

 そうだけど、さ。

「十歳も離れてるからね。姉弟としては、離れてる方だよね」

「……そうだね」

「懐かしいなあ。おねしょして、『はずかしいからないしょにしててー』ってべそかいてたトウマ。でもシーツも布団も全部洗ったから父さんとお母さんにばれちゃって」

「……ユキが『わたしがやりました』ってばればれの嘘吐いたあれね」

「いやだって……流石に、いくらわたしでも、あの時あれ以外の嘘が浮ばなかったから……懐かしいね」

 懐かしくはない。穴に入りたいだけで。

「ユキだって『子守唄歌って』ってお願いしたらロックのギターソロを鼻唄でフルに臨場感たっぷり唄って俺の眠気吹き飛ばしたことあったじゃん」

「ああ、あれね。何故かたまに無性にやりたくなって」

「母さんに怒られてたよね」

「マンチェスター系はまだやめてって言われたんだよ」

「母さんの基準がたまにわからない」

「唄おうか?」

「子守唄?」

「いや、ギターソロ」

「今日はやめとく……」

「そっか。……まあ、トウマ、先に寝て? 本当、大丈夫だから」

「……ユキは確かに歳上だけどさ、女の子だよ? 今じゃ俺の方が大きいし力もある」

「だね。大きくなってくれて本当にうれしい。まだまだ身長のびるだろうし」

「あのね、ユキ……」

「ふざけてるわけじゃないよ。わたしも闇雲に気合論だけで大丈夫って言ってるわけじゃないから。……ちゃんと、朝が近くなったら起こすよ」

「……」

「それに、ね? どれだけトウマが大きくなろうとも、たとえ世界の覇者になろうとも、トウマはわたしの弟だから」

「……」

 ふは、と、姉は微笑った。

「姉を、なめちゃ駄目」




 ぴんと張った細い糸のような緊張感は確かにあった―――けれどそれも、姉がそばにいるということでゆるやかな糸になる。気付いた時にはぐっすりと眠っていて、ゆさゆさとやさしく、やわらかい手が肩を揺すったところで眼を覚ました。

「……トウマ、起きれる?」

「……ん……」

「きつかったら、いいよ」

「……ん、だいじょ……ぶ。……起きる」

 一度ぎゅっと眼を閉じてから、開く。……白い外の空気がバンガローの中に入り込み、時刻は明け方を示していた。

「なにか異常は……?」

 起き抜けの掠れた声に、姉は小さく首を横に振った。す、と水の入ったグラスを手渡され、細やかで丁寧な気遣いに姉らしさを感じながらもありがたく飲み干す。透明な味がした。

「四時間したら起こしてくれる?」

「……五時間後なら」

「うーん……?」

「五時間」

「……ん、わかった。……はいこれ」

 ぽすり、と手の中に黒い筐体を託された。ずしりと重い。……。

「……ほん、もの?」

「残念ながら」

「……えええ……」

「大丈夫、中に入ってるの特殊なゴム弾だから……ただ、当たるとものすごく痛い。当たりどころによっては骨も折れる」

「……経験してないよね?」

「まさか。……まあ、動きは奪えるけど命を奪う程ではない……から。これ本体で脅す、って感じに考えて」

「うん……ねえ、これ自分で買ったの?」

「押し付けられたの。このキャンプが終わったら然るべきところに棄てる」

「……ひょっとしてスマートフォンも押し付けられたものなの?」

 番号を訊いても教えてくれなかったのだ。

「そう。……あれも終わったら棄てる」

「ええ……ねえ、そのひとどんなひとなの? 何人? 俺会ったことある?」

「わたしの眼が黒かろうが白かろうが、絶対トウマには近付けないって決めてるくらいのひねくれ者だから、考えなくていいよ」




 数時間後、起き出した少女たちは眠たげな眼をこすりながら、窓際に椅子を置きカーテンの隙間から外をじっと見ているこちらを見て不思議そうな顔をした。

「……どうしてトウマがいるの?」

 とろんとした声でジェーンが言うので、小さく笑ってみせる。

「あとでみんなで集まった時に説明するよ。……今日はまだ寝てても大丈夫だよ」

「のどがかわいたの……」

「そっか。ちょっと待って……はい。まだゆっくりしてていいからね」

「うん……」

 こしこしと眼をこすりながら水を飲みベッドに逆戻りしたのを見守り、他の少女たちが眠る姉を不思議そうに覗き込んでいるのを見てまた小さく笑う。……白雪姫と小人たちのようだった。姉は誰のキスで眼を覚ますかはわからないが……。

 身体を丸め、トウマが昔からよく知るあの体勢で眠っているのを確認し、トーマスに電話した。……ややあってふつっと繋がったが、出たのはトーマスではなくスーだった。

『おはよう。ユキ?』

「いや、俺。トウマ」

『ああ、逆なのね……子供たちが起きはじめた?』

「うん。……全員起きつつある」

『こっちもよ。……保安官の応援がもうすぐ来るらしいの。一度一番バンガローに集まりましょう? 子供たちに事情説明しなきゃいけないし』

「全部を?」

『まさか。ただ……まあ、やんわりとは。ああ、結局全部になるのかしら。……今日の献立以上に考えること困難なことにぶち当たるなんて思ってなかったわ。賃金アップをお願いしようかしら』

「俺はね、いろんな意味で、これ帰ったら親にどう説明しようかなあと思ってるよ」

『あはは。大変ね』

 いや本当に。シャツの下、背中側のズボンに差し込んで隠した黒い筐体。

 ゴム弾とはいえ、本物の銃を姉が持ってたなんて、一体全体どう親に説明したらいいんだ。



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