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サザンクロスの英雄 11

 割り当てられたバンガローに戻ると、今日はシャワー当番だったトーマスがベッドの上で寛いでいた。当番は無事終わったらしい。

「お姉さんと話せているかい?」

「ああ、うん、まあまあ。気にしてくれてありがとう」

「当然だよ。今は大変な時期かもしれないけどね。でもきっと、交流を持つことは大事だ。……ただユキはみんなに人気者だから、君にばかり回すことがなかなか出来ないんだけどね」

 ごめんよ、と肩をすくめて言うトーマスに笑って首を横に振る。

「十分だよ。キャンプにユキも参加させてくれただけでありがたい」

「それだけどね、それこそこっちの台詞だよ。君のお姉さんはとってもいいひとであっという間に人気者になったじゃないか。日本人で、さらに人当たりもいい。こっちこそありがとうだよ」

 朗らかに微笑まれ、心が軽くなってほっとした。小さく笑い返す。

「お姉さん、もてるだろう?」

「……本人に自覚はないけどね……」

「それは……怖いね」

「うん、とっても怖いんだ」

「ずっとこっちにいるのかな?」

「……どうなんだろう。わからない……」

 ……仮にそうだとして。そうしたらあの同居人はどうするのだろう……あのひとの執念は『友達』や『元同居人』というポジションで納まらないはずだ。絶対に『嫁』『妻』『夫婦』まで持って行くだろう……姉、絶対逃げ切れない。

「……僕は日本に住んでみたいなあ」

「……トーマスは日本の何が好きなの?」

「全部が好き、というわけではないよ。ただ……ただね。ふとした美しさ。別に、京都みたいな古都だけじゃなく、空気や、すれ違う匂いや……日本が持つそれが、とても美しく儚いものに思えるんだ。……美しさが、眼を奪うんだ」

「……」

「……まあ、オヒナサマのように形に見える美しさもとても好きなんだけどね。僕も並べたことはないんだ。だから今ほら、こうやって予習をだね」

 タブレットを示されると映っていたのは動画サイトで、雛人形の並べ方を紹介している動画が再生されていた。音声や字幕は日本語だったがまあ映像を見ていればわかるのだろう。お内裏様、お雛様、と左右に並ぶそれを眺めていると、こんこん、とバンガローの扉が叩かれた。

「―――はい、誰だい?」

「保安官のサリスだ。責任者はいるか?」

「―――保安官?」

 トーマスの声が硬くなった。目配せし合い、同時にベッドから立ち上がって窓のカーテンを開ける。……窓越しに、帽子を被る初老の男が手を小さく振って合図した。バッチを見えるように示して見せる。

「……本物だな」

「熊か……?」

 ゆっくりとドアを開ける。一歩中に踏み入って来たサリスと名乗る保安官は、がっしりとした体格をしていた。

「やあ。こんな田舎にようこそ。……歓迎したいところなんだが、ひとつ問題が起きた」

「熊か……」

「ああ、それを入れたら二つだ」

「……二つ?」

 眉を潜める。サリスはしっかりとうなずいた。ここ周辺の地域で聞く訛りのある言葉で、

「この先にある刑務所から囚人が脱走した。この森に逃げ込んだらしい。―――今捜索中だが、まだ発見されていない」




「……囚人が? 熊だけじゃなくて?」

 スーが息を吞んで、……吞み込んで、ほとんど吐息だけで言った。

「盛りだくさん過ぎるでしょ。どうなってるのよ……」

「さあ……この森の奥に刑務所があるのは知ってる」

「知らないわよ……あ、あー……そういえば地図に載ってた、かしら? ……え、でも、そんなに近かったかしら……」

「いや、結構距離はあるんだ」

 トーマスは低い声で首を横に振った。

「しかも森の中だ。夜の森だ。……ここまで辿り着けるかどうか」

「……まあ、逃亡するとしたら夜かもしれないね」

 姉がうなずいた。バンガローに集まって緊急会議、保安官は既に去った。……応援を寄越してくれるようだが、少なくてもこの夜はこのメンバーだけで越えなくてはならない。

「子供たちのバンガローにもまだベッドに空きがある。そっちで眠ることにしよう」

「非常事態だし、大人は男女でペアを組むべきじゃ―――」

「……うむ……」

 口を挟む。ちらりと、気遣わしげにトーマスがスーを見る。スーがうなずいた。

「別に一緒のベッドで寝ろって言われてるわけでもないし。いいわよ。トーマスに私、トウマにユキ、でしょ?」

「……そうなるね。ありがとう、スー」

「気にしないで。安全第一よ」

「心強い。……ユキとトウマ、男子のバンガローに行くかい?」

「いや、女子の方に行くよ。本人たちは仲直りしていたけど、昼間にマックスたちといろいろあったし」

「そうか。……じゃあ、僕とスーが男子バンガローだ。ユキ、スー、手荷物だけ纏めてくれるかい?」

 二人がうなずき一度バンガローに入ったスーはスマートフォンと上着だけを持ち、姉は持っていた肩掛け鞄を提げ出て来る。四人で眼を合わしうなずき合った。

「無事朝を迎えよう」




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