サザンクロスの英雄 6
桃太郎って意外と暴力的だよな、と、片耳で聞きつつ姉を手伝った。大量に米を炊いたが大鍋で炊いているのでもうこれは姉に頼むしかない。酢……はあるし、具を……も、姉が下拵えしている。……やることある? 俺。やりたいのにやれることがない。
「トウマ手伝ってくれるの?」
とはいえ姉がうれしそうに小首を傾げたのでうなずいた。笑って、姉が眼で自分を呼ぶ。
「じゃあえび! えびのスジ、取ってくれる?」
「うん」
細い櫛を使ってえびのスジを取って行く。姉と並んで、二人で。……やわらかい気配がすぐ隣にあって、けれど、その頭が自分より下に……頭ひとつ分とは言わないが、もうだいぶ差が付いていた。数年の内に確実に頭ひとつ分にはなるだろう。
「……ユキ、遠くなった」
「トウマが大きくなったんだよ」
目線の話だと思ったのか、……そういう意味だと、あえて決めたのか。紙芝居が終わったようで、トーマスとスーが動揺を歌い、子供たちがそれに続く。どんぐりころころ、どんぐりこ。
「……こっちで仕事、してるの?」
「ん? ふふー」
「ん? あー……ビザの問題か」
「うふふー」
「じゃ、この話はやめとこ。……日本では照明助手でしょ?」
「メインはそれだね」
「映画、送ってくれたの観たよ。メイキングも」
「あ、ちらちら映ってたやつだね」
「ユキが風のように走り回ってた」
「あはは。下っ端は大変で」
「スタジオって大きなライトたくさん吊れるんだね。わかっててもいざ見るとおおってなる」
「ああ、グリーンバックの時かな?」
「そう、それ。えーっと何だっけ。ゴウセイ?」
「うん、合成」
「合成合成」
「あのあとライトが火を吹いてねー」
「え?」
「こう、スイッチオン! したらコードを赤い球がぶわああああって走って行ってライトに到達、瞬間ぱーん」
「えええええ」
「火花ばらばら」
「えええええ」
「綺麗だった」
「えええええ」
本気で嘆いたのだが姉は穏やかなままだった。姉の精神面は危険な方でだいぶ鍛え上げられてしまったらしい。くすくすやわらかく笑い、耳元に髪をかける。ふわりと色を変えたその髪。母は持っていない。姉の父、血の繋がる方の父が持っていたという色。軽く伏せられた長い睫毛が繊細な影を落とし、深い深い眼もまた、海の底の光のように静かに輝く。
「……」
姉は綺麗になった。ある時から急に。
「……ユキさ」
「ん?」
成人式の時。家族で姉を訪ね、……家で出迎えた姉に、密かに息を吞んだ。
色濃くなった凜とした空気。
視る者を吞み込む静かに輝く海の底の光のような深い深い眼。
姿形はそのままに、けれど確実に美しくなった、……どこかの誰かを、想うように。
「……ううん。何でもない」
「ん? そう?」
今ならば。何となく、だが―――きっと。
姉には好きで好きで、たまらないひとが、いる。
「……」
紹介はされていない。あの姉の同居人の青年とは、時期が合わない。
どうしてそのひとと、結ばれていないのか。
「何でもないよ」
訊き方が、わからない。




