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もういいかい? 泣かない君 6


ごたごたのせいで大学に到着したのはぎりぎりだった。それでもなんとか時間通りに滑り込み、後ろの方の席で授業を受ける。と言っても教授の言っていることはさっぱりわからない。一応文学の授業なのだがさっきからチャーハンの話しかしていない。テストの論文だけきちんと書けていれば問題ない授業だった。が、登録したのだからきちんと出ていたい。あんまり話は聞いていなくても。

ノートを開くこともなく、頭の中で数字を広げた。三週間。三週間も、経っている。たった三週間しか、悩まなかった。優柔不断の弥子にとってはその期間は酷く短く、そしてあの子にとってはきっと、

「……」

酷く酷く―――長かった。

心細くなる、くらいには。

それをメールにはしてこない。文章には、してこない。それでもわかる。わかって、しまう。あの子が恐れていることが、なにか。

(……待ってて)

胸中で呟く。待ってて。あともう少しだけ、待ってて。

それからふつりと、回線を切るように思いを馳せるのを止め、教授の講義に耳を傾ける。

チャーハンなんてどうでもいい。けれど、文字でひとに思いが伝わるというのなら。

電子画面の向こうに気持ちを伝えられるのなら。

どうか教えてほしい。―――どうすれば、よかったのかを。




よくわからない授業を終え、そのあとの単元も終え図書室に向かう。ぱらぱらと捲るのは先ほどの授業で講師が言っていた資料とそれの関連本だった。資料はともかく関連本はどこまで関連しているのかわからない。一度目を通す必要があるな、と判断し数冊まとめて抱えた。

顔を上げ、本棚と本棚の間から抜け出したところでそのひとに遭遇した。

「立岡さん」

「……蕪木先輩」

蕪木がそこにいた。彼もまた本を手にし、ページを捲っていたところだった。窓から差し込む光が真っ黒な髪を照らし、その深さを強調させる。相変わらず別次元のように整った顔立ちのひとだった。

「今日は授業もう終わり?」

「はい。参考資料を確認しようかと思って」

「資料?」

抱えていた本のタイトルを見せる。ああ、と蕪木はうなずいた。

「俺もその授業取ってた」

「本当ですか」

「うん。ノートとかまだあるけど。見る?」

「是非!」

声が少し大きくなったのであわてて抑えた。少しだけ顔に血が上る。

「……あの、はい。もしご迷惑でなければ」

「大丈夫だよ。それと、あとこの二冊はあんまり意味ない。資料と同じことしか書いてないから。これじゃない本でいいのあるけど、案内しようか?」

「……お時間大丈夫ですか?」

「うん」

「お願いします」

ぺこりと頭を下げる。蕪木はうなずくと弥子がいた本棚の間に入っていった。先ほど見ていたゾーンで足を止め、背伸びもせず高い位置のそれを抜き取る。

「これ。古いけどこっちがお勧め。資料見る前にこれ読んでおいた方がいい」

「ありがとうございます。詳しいんですね」

「うん、ここら辺の全部読んだから」

さらりと言ってのけたが驚愕の事実だった。全部? 関連書籍を?

この大学は国立で、世間一般からして偏差値は高い部類に入る。が、入ってしまえばあとはだらけても簡単に卒業することが出来る。あくまでも卒業は、だが。

こんなに勉強する大学生がいたんだ……と心から素直に感心する。成績がいいのは噂で知っていたが、ここまで勤勉なひとだとは知らなかった。弥子の中の『蕪木 灯』のイメージが少し変わる。

丁寧で、やさしくて、勤勉で、顔も良くて背も高くて。そりゃあもてるだろうという話だ。噂によるといいところの息子らしいし、なんというか向かうところ敵なしだ。

「立岡さんこのあと暇?」

「? はい」

「じゃあ家おいでよ。ノート貸すから。勉強ってやるならいっぺんにやった方が効率いいし。今日妹いる日だからそれなりの夕食作るし」

「えっ、えっ、」

「ああ、帰りはちゃんと送るよ」

「いっ、いえ! そこまでご迷惑は!」

「迷惑じゃないよ。じゃあそれでいい?」

「は、はい!」

はいって。はいって?

じゃあ行こっか、と促され頭が理解に追いつけないまま続いたが、これから? これから蕪木 灯の家に行く? 自分が? 立岡 弥子が?

は?



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