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サザンクロスの英雄 2


 結果的に言うと一発オーケイだった。

 即決だった。

 説得もいらない。

「大歓迎だよ!」

 責任者であり引率者であるトーマスはそう言うと眼鏡の奥の目をこれでもかというくらい輝かせた。

「君のお姉さんはお母さんの娘さん、つまり日本育ちの日本人なんだろう? 大っ歓迎さ!」

「よかったです」

 その勢いについ引き攣らないように微笑み、けど、と前置きした。

「でも、キャンプに姉が参加することは父と母には黙っておいてくれませんか?」

「ん? それはどうしてだい?」

「今姉、独り立ちしようとして頑張っているんです。今回俺に協力するため来てくれるけど、本来ならきちんと自立するまで家族には会わないつもりだったんです。なのに俺だけ会ったって知ったら父さんも母さんも羨ましがるでしょ。姉にも悪いですし」

「ああ、そういうことか! わかったよ、秘密にしておく。お姉さんが立派に自立したあとは懐かしい笑い話になるだろうね」

 そうだといいんですけどね、と内心皮肉でもなく思った。トーマスに言ったことは半分以上が嘘―――なのかどうかも、わからない。トウマ自身、どうして姉がいきなりこの国に来て、なのに誰にも会わずに漂浪するように旅をしているのかわからないのだ。

 誰とも連絡を取らず。

 あの分ではきっと、日本にいる誰とも連絡を取っていない。

 そういうひとではなかった。―――トウマの知る姉はまめなひとで、いつも誰かと一緒に笑っているようなひとだったから。

 たったひとりで歩き続ける姉は―――トウマの知らないひとになってしまったかのようで、不安だった。だからこそ今回の出来事は思わぬ出来事であり渡りに船で、トーマスに許可を得れたことによりそれは大きな安堵になった。少なくてもあと少しで姉に直接会える。

 ……けれど、どうにかしなければ。と息を小さく止めたくなるのを隠した。どうにかしなければ。何とかしなければ。―――誰にも、ばれないように。




 バスの中は賑やかだった。ひとりひとりがカーニバルのような爆発力を持つ子供が十二人だ。それはもう、火の付いたような賑やかさだった。集まっているのは元気いっぱいな男子四人。このあと先の街で姉と合流し、さらに先の街で女子四人を拾って漸く振るメンバーとなる。

ほんの数年前まで自分もあちら側だったのだなと思うと奇妙な苦笑いが漏れ出る。

「元気ね」

 元気だなあと思いつつ窓の外を眺めていると胸中をそっくりそのまま音にしてスー・ペンバートンが言った。傍らに『キャンプじゃなくて家出?』と言いたくなるくらい大きな鞄を置いた茶色の髪を活動的にポニーテールにした十七歳の高校生で、大学への推薦をもらい易くするために地域貢献で点数を稼ぎたいのだ、と打ち合わせの時から堂々と口にしていた。別にいいと思う。ほしいものがあって正当な手段で努力している。しかし仕事への責任感はしっかりと持っていて、トウマにとっては頼れる先輩だった。

「元気だね」

「あっちに混ざって来てもいいのよ?」

 くすっと毒を込めて笑われ、勘弁してくれとシートに身を沈めた。窓の外に視線を戻す。

「また」

「え?」

「また外を見てる。出発してからずっと」

「ああ……」

「合流するっていう日本人にそんなに会いたい?」

「うん」

 素直にうなずくと、ひょっとしたら少しからかうつもりだったのかもしれない。スーは意外そうな顔をした。

「……あなたの知り合い、って聞いたけど」

「そう。知り合い」

「大事なのね」

「大事だよ」

「そう」

「……何かおかしい?」

 姉との関係は明かしていないので、そういう風に見えても仕方ない―――揶揄されることを覚悟しながらちょっとむっとして言うと、スーは笑って首を横に振った。毒も何もない、からっとした笑顔だった。

「いいえ。ちゃんとそうやって言えるって素敵なことだわ」

「……そう」

 うなずく。曖昧に。

 そうやって返してから、その意見の正しさが身に染み込むようにして少しずつ自分の中に落ちて行った。




 窓に薄っすらと写る自分の姿を何度も見てそわそわと髪を撫で付けた。もう到着するこの街の郵便局。そこが姉との合流場所だった。

 もういるかな。まだかな―――近付いて来たその建物にじっと目を凝らし、瞬間、窓を大きく開けて身を乗り出すのを懸命に堪えた。気付いて。気付いて。こっちを向いて―――ふわりと姉が顔を上げこちらに向ける。まどろっこしくなるような距離感、少しずつ近付いて行って―――バスが停まるより早く窓を大きく開け放って、そのまま―――重力に乗るようにしてふわりと跳ぶ。小さな姉が少し驚いたように自分を見上げ、その髪がふわりと靡くのがスローモーションのように見え―――

「ユキ!」

 そこから先は無意識だった。笑って両手を広げ、―――いつの間にか自分よりも小さくなっていた姉を抱きしめる。

「トウマ」

 呼ばれる。―――姉と母だけが持つ、やわらかくてやさしい冬の中の日差しのような笑顔を。

 ぎゅうっと抱きしめて、それから少しだけ身を離して―――そうしてお互いに向き合った。

「大きくなったね」

「ユキは変わらないね」

「一瞬誰だかわからなかったよ」

「酷い」

 唇を尖らせうめいて―――顔を合わせ、ふは、と笑い合った。





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