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もういいかい? 泣かない君 5

次の日、弥子は午後からの授業だった。なので毎週この日は家で昼食を取ってから出かける。

鍋で茹でているのはパスタだった。昨日に続いてだがあまり気にしていないし、それよりも昨日の会話の方が妙に印象に残っていた。あの蕪木と会話した、という理由ではない。

「おはよぉ」

大きな欠伸を漏らしつつ七南が起きて来た。「おはよう」とちらりと振り返って返し、茹で上がったパスタを隣のフライパンに移す。

「あー、ミートソース? おいしそぉ」

「……え、食べるの?」

「え、あたしの分ないの? なんで?」

なんでって……今の今まで寝てたのはあなたでしょう。パスタみたいにすぐのびちゃうようなものは二人分作らないよ、と胸中で返す。

「えー、じゃああたし何食べればいいの?」

「なにって……」

言いかけて、やめた。フライパンでソースと和えた完成品をお皿に移し、「食べていいよ」と押しやる。

「やったあー、ありがとー」

ソースは市販のあたためるだけのものだ。それもラストひとつだったのでもうない。それでも簡単になにか作るレシピもあったが、なんだか一気に疲れてしまった。

「あー、これ、市販のソース?」

「そうだよ」

「やっぱり。おいしいけど、やっぱ手作りには負けるよねー」

味に深みがないっていうかさ。と続けた七南の後ろ姿をじっと見る。

「経験なんだってさ」

「え?」

「それ以上でもそれ以下でもない」

「……は?」

「なんでもないよ。行ってきます」




日が昇りきった世界は明るかった。どうしようもなく、眩しい。

(嫌だな……)

目を背け軽く下を向いた。駅のホーム、時間的に疎らな列に並び電車を待つ。

「ちょっと。立岡!」

ついには呼び捨てか、と思いながらのろのろと顔を上げる。何時ぞやの天音が撃退してくれた化粧の濃い女の子だった。あのボス的な一番強そうな子。

「先輩と別れたんでしょうね?」

開口一番これ。感じていた疲労感がどっと増す。昨日の今日で別れているわけないじゃないか。いや、別れる時ってそんなものか。

「……別れて、ませんけど」

「はあ? あんたなにやってたの? 私の話聞いてなかったの?」

聞いていた。聞いていたけれど、その通りにするなんて言っていない―――と言ったら、またこのひとは激昂しそうだ。

どうしようかな、と考えているとそれが余裕の態度に見えたのかボスは弥子を突き飛ばした。突然のことだったので避けることが出来ず、そのまま突き飛ばされバランスを崩した。

「危ない!」

ぐらりと体が傾いた瞬間、背後に現れた存在が弥子を受け止めてくれた。冷や汗をかきながら肩越しに振り返って絶句する。美少女だった。とてつもなくかわいい女の子だった。

「ちょっと! ホームで突き飛ばすなんて危ないですよ!」

「あんたには関係―――」

「他のひとも巻き込まれたらどうするんです? あなたのせいで誰かが落ちたらどうする気だったんです?」

ひとが疎らとはいえそれなりに目はある。少女の―――女子高生が厳しい表情で選ぶ言葉はなかなか的確で、『他のひと』や『あなたのせい』のワードにボスが少し怯んだ顔をする。

「小さな子供だっているんですよ? あなた、責任取れるんですか?」

「……っ!」

「逃げるのっ?」

唇を噛み、弥子と女子高生を忌々しげに睨んだボスはばっと身を翻して走って行った。女子高生の冷静な言葉がその背中を追う。

が、言葉だけで実際に追おうとはしなかった。ボスの姿が視界から消えるとやれやれと女子高生は力を抜き、それから心配そうな顔になって弥子を見た。

「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

「いっ、いえ! 大丈夫です! あの、助けてくださってありがとうございます!」

「いいえ。余計なお節介だったかもしれません。ごめんなさい」

「いえ! そんなことは! どうしようって困ってたんです!」

ぶんぶんと首を横に振ると女子高生はにこっと微笑んでくれた。「よかった」と言って安心したようだが、弥子にとってはそれどころではない。なにこの美少女、本当に美少女。メイクはほとんどしていないみたいだけれどそもそも必要ないのか。さらさらのロングヘア、ぱっちりした目に小さな口。華奢な手足。

十人が振り返るような美少女だった。同性の弥子でも惚れ惚れする。

かわいくて、そして勇敢でやさしいなんて。御伽噺に出て来るお姫様みたいだ。

「本当に、ありがとうございます……あなたには何の得にもならないのに」

「いえ。勉強になりました」

「勉強?」

「はい。……ホームで叫ぶって、思っていた以上に目立つんだなって。第三者の目から見るとわかることってありますよね。勉強になりました」

本当に悪いことしちゃったなと、少女は呟いた。誰かの名前も言っていたようだがあまり聞こえなかった。ユイとかユミとか。

チャイムが鳴り、アナウンスが流れた。弥子とは反対側の方面の電車がやって来る。

「では、失礼します。余計なお世話かもしれませんが、どうぞ、お姉さんも気を付けてくださいね」

どうぞ、なんて、なんて丁寧な子なんだろう。親御さんの教育がいいんだろうな。

「はい、本当にどうもありがとうございます! あなたも気を付けて!」

痴漢とか、ストーカーとか犯罪者に!

にこっと微笑んでぺこりと頭を下げやって来た電車に乗り込んだ女子高生に弥子も頭を下げて見送った。あまりよくないアクシデントだったが、思わぬ出会いだった。世の中素敵なひとがたくさんいる。

そうだよ、と弾んだ胸に言葉をかける。たくさんいる。なかなか出会えないけるど、確かにいる。―――だからこそ弥子は、蕪木 灯と別れることは出来ないのだ。



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