アルコルの餞別 25
「……ララは無事なんだろうな?」
風が吹き、髪が煽られ頬を撫でた。それを手のひらで拭うようにして避ける。
「ララはいい奴だよ。いい人間だ。……生かしておいてやってくれよ」
「どうしてお前に言われなくちゃならないんだ」
「どうして、って」
苦笑いをし損ねたような乾いた笑み。ヘザーは口元だけで言葉を紡いだ。
「お前がララを殺そうとしているからだよ」
「じゃあわかるだろ。俺がララを殺そうとしている理由」
「わかるさ」
「じゃあわかるだろ。俺がお前を殺そうとしている理由」
「わかるさ」
「じゃあわかるか? ―――どうして俺とお前は違うんだ?」
「……」
「ロイ・ハイド。―――ロイ・ウィリアムズ。お前だ」
「……」
「俺とお前はシドニー・ディズリーの息子だ。―――なのにどうしてこうも違うんだろうな?」
「……」
ヘザーは両手を広げた。右手に握られた銃が月明かりを鈍く冷たく返す。
「ララもだよ。ディズリーが建てた立派な孤児院。たくさんの子供たち。赤の他人のガキ共をかわいがることが出来ても、実の子供には何もやることが出来なかったんだ」
「……どうして自分の父親がダスティンだと知ったんだ」
「調べたんだよ。ありとあらゆるコネや金を使って。お袋が死んだからな。金はもう俺の自由だ。調べて、調べて調べて調べて―――漸く突き止めた。シドニー・ディズリーが俺の父親だ」
秘密を墓場まで持って行ったというヘザーの母親。
ダスティンと何があったのかはわからない。けれど、ダスティンはひょっとしたら自分に子供がいるということを知らなかったんじゃないんだろうか。
「会いたくなった。お袋はいいお袋とは言えなかったからな。いつか自分のところに父親が現れて、俺を車に乗せるんだ。親父は日向と煙草の匂いがする。週末はキャッチボールをして、そのあとカメラを持って写真を撮りに行くんだ。夜寝る時は宇宙の話をする。そうして次目を開けた時は明るい朝で、俺はそうやって毎日を過ごして行くんだ。
―――ひょっとしたらディズリーは俺の存在を知らなかったのかもしれない。お袋は頭がおかしかった。自分のプライドのことしか考えていなかった。何か理由があって俺の存在をディズリーに伝えなかったのかもしれない。死ぬ気で腕を磨いて、粘ってあちこち駆けずり回って漸くプログラムの推薦を捥ぎ取った。……ディズリーを恨む気はなかったさ。いるとも思っていないものをどうやって探せばいいんだよ。―――けどな」
お前がいた、と、ヘザーは口元だけで笑った。
「俺だけじゃなかった。お前がいた。―――昨日お前はディズリーのタトゥーを見たあと様子がおかしくなった。ウィリアムズ。お前の昔の名前はロイ・ウィリアムズだ。……どうしてディズリーの身体に、お前の名前が刻まれているんだ」
爛々と輝く眼。
月明かりさえも拒絶しているかのようなそれ。
「おかしいと思ってあれから調べたよ。―――二十三年前からお前の口座には毎年多額の金が振り込まれてる。……ディズリーからだ」
ゆるやかにのばされた腕が、……銃口が、まっすぐに見すえた。
「ディズリーはお前を見付けた。……どうして俺のことは見付けられなかったんだ」
沈黙。
持つ言葉は何もない。
「……俺のために死んでくれ」
そうでなければ。
「自分が惨めで惨めで死にたくなっちまうんだ」
泣き笑いみたいな顔でそう言って。
引鉄を。
「―――銃を下ろしなさいッ!」
張った鞭のような声が響いた。ヘザーの背後からララが近付き銃口を向ける。
「何をやっているの! 銃を下ろして!」
「……あんたはあんたが正しいと思えるんだな」
「何を―――」
「正しく育てられたからだ。―――幸福に暮らしていたからだ」
「やめろ!」
ばあん、と劈くような発砲音がしてララの立つ地面からほんの少し離れたところに土煙が立った。
「銃を向けられても撃てる奴は少ない」
青褪めたララに薄っすらと笑いかけるように。
「お前はどっちだ?」
止められない。どうしようもない。
語れる言葉が何もない。
「―――それは違うでしょ」
声が。
「隠しているだけで―――言っていないだけで、あるでしょ」
言葉が。
「―――嘘吐き」
やわらかく、笑うように。
「止めてあげなよ。―――誰かが死ぬ前に、止めてあげなよ」
振り仰ぐ。
建物の上に、少女が立っていた。




