アルコルの餞別 24
かつん、かつん、と音がする。―――あの時からずっと。
そうやって降りて行く。ずっとずっと、ゆっくりと……
かつん、かつん、かつんと……冷たく、籠もった音……
……そしてふと、
もうひとつ多く響いたその足音に、顔を上げる。
「―――どうしてまたゴーグルをかけたんだ」
「そうしていた方がいいと言われたから」
月夜の外、境界線すらわからない荒野に視線を投げ少女は答えた。
「誰に?」
「トンプソンに」
「……トンプソンに?」
「そう。二人目の母に」
「え……」
ミスター・トンプソン。そう呼ばれている。そういう人物がいる。……が。
「……推薦権を譲渡したのか」
「そういうこと。わたしがもらったのはトンプソン夫人からの推薦」
「……このプログラムに参加したのは売り言葉に買い言葉だって言ってたよな」
「……まあ、社会見学も怖くて出来ないの? って言われたから、それくらい出来る、って言って、そしたら推薦された」
「……他のカメラマンが聞いたら泣くな……」
まあ、いい。……それよりも。
「……誰かが死ぬのか?」
青い世界を見るために。……少女はさっき、そう言った。
「違う。殺されるんだ」
わかっているでしょうとばかりに、少女は答える。
「最大で四人かな。ハイドが死に、ララが死に、ヘザーが死に、そしてわたしも死ぬ」
「ヒイラギは関係ないだろ」
「わたしは巻き添えで死ぬ」
「じゃあ、俺と一緒に死んでくれるか?」
「嫌だよ」
少女は微笑んだ。……美しい笑顔だった。
「嫌だよ。―――死ぬのは構わないけど、ハイドとは死ねない」
そうか、という言葉は、自分が思っているよりもはっきりとした音になった。
「じゃあここにいて。―――全部終わらせよう」
「……俺は囮か」
「ララを助けられるかもよ」
「……そうだな。よろこんでさせて頂くよ」
「うん。―――幸運を」
餞別のように、少女は微笑った。その華奢な姿が夜の闇に消えて行く。
「……」
聴覚を満たすのは荒野を撫でる風の音。……薄ら寒さを覚える風はしかしやわらかく、丸みを帯びている。
世界は真っ暗だった。青い世界は、どこにもない。
人気のない場所。
建物の丁度真裏。
……ざっ、ざっ、ざっ……という、地面を踏み締める音。
囮役は無事出来たんだなと、胸中で苦笑いを落とした。
「よう。―――写真は提出したか?」
期限の零時を、今過ぎた。
「どんな写真が撮れた? ―――どんな世界が見えた?」
答えない相手に声を張る。夜の中、何ももう背負うものがない自分の声だけが軽く響く。
「―――お前の世界は、どんな色だった?」
笑い、かけた。
「……何も」
男は。
「何の色も、ない」
あの軽薄さを消した声で。
「―――考えたこともなかった」
リック・ヘザーはそう言った。




