アルコルの餞別 22
容疑者扱いから完全な容疑者となった。任意で取り調べられたが、しかしこれといってそれ以上何が進んだわけでもなかった。夜になり漸くミーティングルームから解放される。
「……何かわかったか?」
「うん」
自室に戻り少女に訊ねる。自室なのに少女がいる。そこに最早何の疑問も感じなかった。殺人犯(まだ未遂だが)が外をうろうろしているかもしれないこの状況なら、どう周りから揶揄されようがまだ自分の部屋にいてくた方がましだった。
「第一発見者のディルに聞いてきた」
「よく話してくれたな」
「……」
少女が黒い筐体に眼を落とす。
何も訊かなかったことにした。
「で、なんて」
「ダスティンは発見された時まだ辛うじて意識があった」
「……喋れたのか?」
「少しなら」
「……でも犯人を言わなかった?」
「そうなる」
庇っている。
「……」
どうして?
「……ハイド」
「……ん?」
「ハイドの話をして」
「……何で?」
「聞き込み」
「ああ」
少し笑った。ペットボトルの水を二本取り出し一本をベッドに腰かける少女に渡す。向かい合うようにして椅子に腰かけた。
「何から話せばいい?」
「自分が持っているもので一番大切なものはなに?」
「さあ……何だろう。俺なんにも持ってなかったからさ。親父が死んでから。だから『俺』が俺のものなのかもよくわからなくなるんだ。そんな風に生きてるから、女とも長く続かない。友人もたまに会うだけで希薄だな。……だからいいよな、『恋人』っていうのは……『俺』が俺のものじゃなくても、このひとは俺の恋人って言えるし」
「誰かが欲しい?」
「どうだろう。居てくれたらいい、かもしれない。……俺といて幸せかどうかはわからないし、幸せに出来る気もしないけど」
「……そう」
「ヒイラギは? ……俺はヒイラギがわからないよ」
言動がおかしい。―――不可解だ。
どうして今まだ生きているんだと、不思議に思ってしまう瞬間がある。
本当は死んでいるんじゃないのかと。
そのくらいこの少女はどこか希薄で、
眼を離した瞬間、ふわりとどこかへ行ってしまいそうで。
「……昔はいっぱい詰まってたし持ってたんだ。それを全部置いて来ちゃったから、今はあまりたくさんは持っていないの」
「……なになら残ってるんだ?」
「……わたしの好きなひと」
ゴーグルの奥の眼が、深く深く静かに輝いた気がした。
「……俺と似てる?」
「似てないよ。誰とも似てない。……誰かと似てるなんて考えたこともない」
「……さみしくて誰かを代わりにしたりは?」
「しなかった」
「したかった?」
「したくなかった」
「出来なかった?」
「出来なかった。やり方も知らなかった。それでよかった」
「ヒイラギのことを好きな奴はいた?」
「いてくれた」
「そいつは恋人と自分を重ねて欲しかったかもよ?」
「……どうして?」
苦笑いみたいな声だった。……乾いてはいない、声だった。
「そんなふざけたことを言った瞬間、わたしはいなくなるって……わかってたと思うよ」
「……」
どこまで知っているのか。
どこまで知られているのか。
「―――なあヒイラギ」
「なあに」
「ユキ・ミカゲって誰だ?」
「さあ。わからない」
「じゃあヒイラギって誰だ?」
「それもよくわからない」
「じゃあさ、」
手をのばして―――そのゴーグルを、外した。
現れたのは黒い眼。―――月明かりに照らされる、漆黒なはずなのにどこまでも奥が見えるような―――深い深い、全てを吞み込みそのまま映す色。
見たことがない。今まででこんな色を、見たことがない。
触れるくらい近くに近付いて―――その眼に、自分を映した。
「ここにいるお前は誰だ?」
「ハイド」
「なに」
「ハイドの口座に毎年振り込まれるお金」
「ああ」
「あれはダスティンからのお金だったよ」
「そうみたいだな」
「そしてね、ハイド」
「なに」
「ダスティンには子供がいたよ。―――男の子だ。今はもう三十過ぎた男性」
「そうみたいだな」
「ハイド」
「なに」
「ハイドのことをここ数日で調べたひとがいた。『声』のひと以外で、調べたひとがいた」
「そうか」
「ハイド」
「なに」
「―――だからお父さんを殺したんだね」
その眼に映る自分は―――微笑っていた。
愉しそうに、愉しそうに微笑っていた。
「そうだ」




