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アルコルの餞別 21



 ララにはすぐ会えた。少し疲れていそうだったがその表情はまだ凛々しいままで、流石鍛えられているなと感心する。

「今日が最終日だけど、あなたいいの?」

「俺まだ参加資格あるのか」

「あるわよ。いつ剥奪だって言った?」

「……それもそうか。じゃあ警察が来る前に出しとくかな」

 そもそも本来の目的はプロジェクトの参加だった。ちらりと少女を見下ろす。

「ヒイラギは?」

「わたしはもう出した」

「え!」

 最終日を丸々無視したわけだ。逆を言うと、それだけのものが撮れたということだ。

「……それって見られるのか?」

「提出したものは期間が終わるまでは提示されない。今日の零時締め切られたと同時、ミーティングルームのPCから提出されたもの全てが閲覧出来るようになる」

「そうか……」

 今日の零時。少女がどんな写真を提出したのか、気になった。―――それはまた、青い世界なのだろうか。

「それで何の用?」

「聞き込みに来たの。―――ララは、ダスティンの正体を知っていた?」

 茶色の瞳が、静かに少女のゴーグル越しの眼を見た。

「―――知らなかったわ。上層部は知っていたみたいだけど。ここにいる人間で知っていたのはマイクだけ」

「そう。……どうしたの?」

「え?」

「落ち込んで見える」

「……ダスティンが、私の父親代わりだったんだなって思っただけよ」

「……父親?」

 思わず口を挟むとララは小さくうなずいた。

「私のいた孤児院は、シドニー・ディズリーが出資して作った孤児院なの。私はその設立時の初期メンバー」

 思わぬところで繋がった。驚きを静かに隠していると、ララは静かな口調のまま続けた。

「字が書けるようになると、毎月シドニーにカードを送るの。そういう催しがあった。……字が書けない年齢の時は、描いた絵や何か図工で作ったものを。本当に小さい頃はシドニーの似顔絵を描いたわ。シドニーは顔を見せることはなかったし、写真もなかったから、想像画だったけど。……シドニーは全ての子供にきちんと返事を書いて送った。カードだけじゃなくもっと手紙も書けるようになったら、丁寧にその手紙への返信を書いてくれた。誕生日はプレゼントを贈ってくれたし、クリスマスも素敵なものにしてくれた。一度も会うことはなかったけど、他の孤児院へ行くよりもきっとずっと幸せに過ごせたと思うわ。恩返しがしたいと手紙に書いたらそれは子供たちに向けてあげてくれと言われたの。だから少しずつ、大金じゃないけど毎月孤児院に寄付してるわ」

「……この会社に勤めたのは、偶然……?」

「今思うと、偶然じゃないわね。就職について手紙で相談した時、『あまりおかしな会社に勤めるとよくないから』とシドニーが勧める会社のリストをもらったの。十社以上あって、全部受けたわ。落ちたところもあるけど受かったところも何社かある。でも、その中からここを選んだのは私よ。だから少しは偶然」

「……『私の影は誰かの光』」

「ええ。それを思った。……あれは創設者の言葉だって聞いてる。……あれはダスティンの言葉だった」

 ぽつりとララは声を落とした。

「……助かるといいのに」

 ひとりぼっちの子供のような声だった。

「私がどれだけ感謝しているか、伝えたい」




 外に出ると太陽は真上にあった。が、食欲は余り湧かない。……が。

「……」

「……? なに?」

「……いや」

 そういえばこの少女、朝トマトしか食べていなかった。何となくそのまま流してしまったが流石にそれで昼食抜きは有り得ない。

「……飯を食おう」

「ハイドお腹減ってるの?」

「ああ、滅茶苦茶」

 なら行く、という感じの反応を返されてやっぱりと内心頭を抱えた。

 食堂にはヘザーがいた。適当にものを手早く取って、少女にもきちんと取れよと言い置いて先に同席する。

「よう」

「……よう。大丈夫か」

「何が?」

「あんたが疑われてるって聞いた」

「誰に?」

「マイクにだよ。俺もお前らと同じくダスティンといたからな。いろいろ訊かれたんだ」

 なるほど。うなずくと同時少女も追い付いて来た。トレーを置き腰かける。皿を確認するとサンドウィッチが置いてあった。具はチョイス出来るようになっているのだが野菜中心にしか見えずさらに頭を抱える。

「肉食えよ、肉を……」

「ベーコンが入ってる」

「何切れ……」

「一切れ」

「……嬢ちゃん、せめてポテト食わないか? サンドウィッチとポテト。取って来てやるから……」

「何で二人とも若干青い顔してるの……」

 何だか納得いかないような顔をした少女が立ち上がる。男二人で不安気にそれを見送り、帰って来た少女はとんと真ん中に山盛りのポテトを置いた。

「二人共食べてよ?」

「ああ……嬢ちゃんも食えよ……」

「頼むからな……」

「だから何でそんな青いの……」

 ぶつりと言葉を落としつつ食事をはじめた少女にほっとしつつヘザーを見る。特にこれといって激しい変化はなかったが―――それでもどこか、いつもの軽さは鳴りを潜めているようにも見えた。

「……お前も大丈夫か?」

「ん? ああ……まあ、いろいろと思うことはあるな。ダスティンがシドニーだったとかそういうのも聞いたし。……まあそれはいいんだ。プログラムの発案者だしいろいろ考えてのことだろ。だけどまあ……演技してたのかもしれないが、ダスティンは普通にいい奴だと思ってたからさ。殴られて昏倒してそのまま放置だろ? 下手したら死んでたかもしれない。そういう目に遭っていい奴だとは、思わないな」

 だからちょっとブルーだ、とヘザーは苦笑いした。

「いい奴には不幸な目に遭ってほしくないし、悪い奴には不幸な目に遭ってほしい。それくらいのことは思うだろ」

「……そうだな」

「……ヘザーが」

 少女が口を開いた。

「ヘザーがカメラをはじめたきっかけはなに?」

「お袋が俺にはカメラを絶対に触らせなかったんだ」

「……?」

「家にはあった。けど、絶対に触らせなかったし、かといって違うカメラも買い与えたりしなかった」

「……だからカメラマンになったの?」

「ああ。―――たぶんさ、俺の父親がカメラが好きだったんだ」

 思わず、食事の手を止めた。

 先ほど聞いた情報―――リック・ヘザーは、私生児で父親が不明。

「趣味なのか仕事なのか。それはわからない。訊いても絶対お袋も言わなかったしな。父親を恨んでるんだ。まあどんな過去があって俺が生まれたかは知らないが―――まあ、何となく想像はつく」

「そう」

「そんなお袋も去年死んだけどな。文字通り秘密を墓場まで持って行かれたよ」

「お母さんに隠れて写真を撮ってたの?」

「ああ。まあ母子家庭ってことで生活は結構厳しくてな。ある程度の年齢になったら俺もバイトしてたんだが、ほとんど家に金を入れるから手元に残らねえんだよ。だからダチの親父さんが持ってたカメラを週末はせがんでいつも使わせてもらってた。釣り銭とかを少しずつ貯めてフィルムを買って、現像してな。すげえ楽しかったよ」

 何かを懐かしむようにヘザーは微笑った。ゆっくりと味わうように、そっとやさしく眼を細める。

「お袋にばれたらとんでもない騒ぎになるからな。現像した写真は全部ノートに貼った。表紙に『数学』とか書いてな。何年もそうやって過ごしてたら、親父さんが新しいカメラを買ったからって今まで使ってたカメラをくれたんだ。あの時ほどうれしかったことはないね」

「……素敵な話」

 何の思惑もなくそう思ったらしい少女がぽつりと言った。ふっと自然に湧き出た感想のようで、その表情はあどけなさすら見える素直な表情だった。それを見てヘザーもまた笑う。

「ああ。今でも感謝してる。あのカメラがあるから今の俺があるんだ」

「そのカメラは?」

「隠してたんだが、ある時母親が見付けちまってな……叩き落してぶっ壊した」

「……」

「酔った時は父親の話もしてたんだけどな。ほとんどが恨みつらみだったよ……ろくな男じゃなかったみたいだな」

 まあ俺もひとのこと言えねえけど、とヘザーが苦笑いし損ねたように落とす。

「……嬢ちゃんは父親と母親が二人ずついるんだろ?」

「うん」

「大事にしろよ」

「うん。―――わかった」

 ゴーグル越しにヘザーをまっすぐに見つめた少女がうなずく。

 ……沈黙が浸り、

 時間がゆるやかになった。……それを破ったのは、硬い革靴が奏でる足音だった。

「ロイ・ハイド!」

 空間を遮るように声がした。振り向くと大柄な男たちがこちらに向かってずかずかと歩いて来ていた。

「市警のハミルトンだ。この事件を調査しに来た」

「ロイ・ハイドだ」

「ハイド。早速だが聞きたい。―――このナイフは、お前のものか?」

 透明な袋に入れられたそれを掲げられる。古い折りたたみ式のナイフ。―――それは確かに、自分のものだった。昨日手放した、自分のものだった。

「―――俺のだ」

「そうか」

「―――どこでこれを?」

「シドニー・ディズリーが持っていた」

 ハミルトンの顔が歪んだ。醜悪でも、得意げでもないその表情。

「守るように、抱えるように持っていた。―――どういうことか説明出来るか?」





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