もういいかい? 泣かない君 4
がちゃりとドアを開けると散乱した女物の靴。ため息を吐いて、それを半分の丁寧さと半分の適当さで横にやった。同じ型の色違いや同じ色でぱっと見違いがわからないような、そんなものばかり。そして軒並みヒールがこれでもかというくらい高い。
「……ただいま」
台所兼廊下を抜け、リビング兼自分の部屋に入ると既にそこには同居人がいた。弥子のベッドに豪快に横たわりテレビを見ている。
「あ、おかえりぃー」
「……ただいま。というかおかえり」
一緒に住んでいるひとつ下の妹―――七南に間延びした声で言われて少しだけぽけっとした。
「あれ、彼氏のところにいたんじゃないの」
「別れたー」
「えええ、また……?」
「だって飽きちゃったんだもーん」
ぶう、とつまらなさそうに言う弥子とは正反対の性質を持ち合わす七南をまじまじと見る。同じ両親同じ環境で育ったはずなのに、なにがここまで自分たちに差を付けたのだろう。
誰かと付き合って、別れて(大抵は七南がフる)。
その度家を出ては戻って来る、自由な猫みたいな妹。
(……蕪木先輩の妹もこんな感じなのかな)
七南は弥子と違って整った顔立ちをしているし、美を追求する努力を惜しまない。爪はヤスリで削られいつも華々しい色合いで彩られ、ゆるりとパーマがかけられた髪はきちんと手入れが行き届いている。本人がいつも文句を言う母譲りの一重はアイプチなのかなんなのかでぱっちり二重で、「プチ整形したい」というのが高校の時からの口癖。だがすぐに服やら鞄やらを買うのでなかなか資金が貯まらないらしく、「どこかに金持ちの男いないのかなー」が最近の口癖。宝くじ当たらないかなーじゃないのが七南らしい。
「お腹減っちゃったあ、今日の夕飯なに?」
「余りものでなにか適当に……」
「えええー」
えええーもなにも、豪華なものが食べたいのなら予め連絡をしてくれ。というか自分で作ってくれ。
「まあいいや、部屋にいるから出来たら教えて」
「……はいはい」
隣の七南の部屋に戻って行ったその後ろ姿を見送って、ため息を吐いた。なにに対するため息なのかは自分でもよくわからない。なんだか少し、疲れた。
ようやく鞄を下ろし、ノートパソコンを起動させる。その間に手を洗いコーヒーを淹れ、机に戻る。
メールアカウントにログイン。微かな唸り音と共に、アカウントが表示される。
昨日受信を確認したメールのあとに―――今日付の日付で送られてきたメール。
『先輩へ
おはようございます。今日はこっちは天気がいいです。
そちらはいかがですか?
朝コーヒーを淹れたら熱過ぎて、舌を火傷しちゃいました。
でもおかげで目が覚めたからある意味ラッキー、かな?』
シンプルだが丁寧さと親しみが伝わってくるやわらかいメール。自分には一生書けなさそうな。
しばらく黙って、その文面を見つめる。字が戦慄き出し弥子を罵倒する言葉に変わることもない。
そうであったらいいのにと、そんな風に思いながら―――最後まで目を逸らすことなく、ページを閉じた。