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アルコルの餞別 18

 どう言葉を返そうか考えた時、ふわりと近くに気配が寄った。振り返ると少女がすぐうしろに立っていた。

「……窓から出て行け」

「なんで? 逃げる必要ない」

「お前も疑われる可能性がある」

「その時はその時」

 全く動じていない少女に嘆息し、あきらめてドアをゆっくりと開けた。

「ハイド。いきなりで悪いけど、静かにミーティングルームに―――」

 ララの声が中途半端に切られた。視線が落とされる。―――こちらの背後、胸辺りの高さまで。

「……ヒイラギ?」

「こんばんは」

 物怖じせず挨拶した少女にララは瞬きし、それからこちらと見比べて、

「……気を使えって言ったあんたが手を出してどうするの」

「出してない」

「出す予定ではあるの?」

「……で、ダスティンが? どうしたんだ」

「殴られて昏倒してる。意識は戻ってない。今ドクターヘリがこっちに向かってる」

「……俺のGPSがあった?」

「……一度ミーティングルームに来て。ヒイラギは……」

「わたしとハイドはしばらく一緒にいたよ」

 隠そうとしているのに、少女は動じずうしろから顔を覗かせる。

「参考になると思うけど」

「……わかったわ。来て」

 溜め息を吐いて促される。振り返るとヒイラギは薄黒色のサングラスをかけていた。

「かけるのか」

「明るいところに行くなら」

「……本当に、弱視じゃないんだよな? 連れ回して大丈夫なんだよな?」

「大丈夫」

「そうか」

「……随分冷静ね」

「わたし、この国に来る前に容疑者だったんだ」

「は……」

「階段から突き落とされたひとがいた。命は助かったけど意識はその時戻らなかった。いろいろあって、わたしは容疑者だった」

「……よく誤解が解けたな?」

「誤解? なにが?」

「……は?」

「突き落としたのは私」

 薄っすらと微笑みさえ浮かべながら少女は言った。

「わたしなの。―――冷静なのはそのせいかな」




 ミーティングルームにはひとりの人間がいた。マイクだ。カーテンは閉じられ、外から伺い知れないようになっている。

「あと一時間程でドクターヘリが到着する」

 マイクの顔色は白かった。青くないだけいいだろう。

「外でダスティンは倒れていた。今医務室でディルが見ている。……目撃者は今のところいない。が、君のGPSが落ちていた。……なにか言うことは?」

「……俺じゃない、とだけ」

 息を吐きながら答える。ララに視線を向けた。

「ララ。GPSが打たれる感覚は何分置きだっけ?」

「十五分よ」

「この敷地内にいればそれは同じ地点として打たれるのか?」

 宿舎の自室にいてもミーティングルームにいても同じなのか。訊くとララは首を横に降った。

「いいえ。隣室なら同じでしょうけど。ダスティンが倒れていたのは敷地の一番端なの。だからあなたが部屋にいたのなら違う点で打たれるわ」

「……なるほど。どうしてダスティンに気付いたんだ?」

「ディルが見回りをしていてね。医療資格を持っているからその場で応援を呼んで処置したの」

「ダスティンは助かるの?」

 少女が口を開いた。マイクが困惑気に少女を見やる。

「……恐らく助かるだろう。病院できちんと治療を受ければ無事意識は戻るはずだ。……ところで、君、ヒイラギだったね? どうして君までここに?」

「ララが来るまでハイドの部屋に一緒にいたからです」

 自分が口を挟む前に少女が答えた。マイクが一瞬驚いたような顔をして、それから困惑したそれのままこちらに視線を投げる。ヒイラギの年齢を知っていたとしても、少女のような姿形で眼の前に立たれたら認識はそちらに引き摺られる。未成年に手を出したのかとでも言いたげなその視線にしっかりと首を振った。横に。

「まずひとつヒイラギはとっくに成人している。そして二つ目にただ話してただけだ。三つ目、俺が呼んだわけじゃない」

 つまりアリバイとして呼んだわけじゃないのだという意味合いで言うと、なんだかあまり納得のいかない顔でうなずかれた。そりゃそうか。

「GPSがダスティンの倒れていた場所で打たれる一個前はどこで打たれたんだ?」

「あなたの部屋よ。……ヒイラギ、あなた私が来るどのくらい前から一緒にいたの?」

「十分くらい前かな」

「……アリバイにはならないわね」

「……」

 弁護士―――は呼べない。が、どちみちこのプログラムは終了だ。参加者は街に強制的に帰される。……自分は警察署かなにかに。

「……とりあえず俺はあんたたちの目の届くところにいろって、そういう話だよな?」

「……なんとも言えないのよ」

「どうして」

「このプログラムの責任者、シドニー・ディズリーから命令が出ているの。『なにがあってもプログラムを止めるな』と」

「は……?」

 呆然とする。参加者のひとりが襲撃されたのだ。なにを馬鹿なことを言っているのか。

 呆然とするこちらに対し少女はなにも動じなかった。それどころかくすりと笑ってさえ見せた。

「……それはシドニー・ディズリーが指示を出せない状況になってもなんですね」

 驚いたようにマイクが息を吞んだ。ララが眉をひそめる。もちろん自分も。

「……どういうことだ、ヒイラギ」

 こきり、と少女が小首を傾げた。美しい色をしているとダスティンも言っていたその髪が、波のように流れる。

「シーラ・ダスティンがシドニー・ディズリーだ。……そうでしょう?」





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