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アルコルの餞別 16


 ミーティングルームにカーテンが引かれた。疲れたようにララがため息を吐き上着を脱いだ。タンクトップから覗く鍛えられた長い腕が露わになる。

「幸い怪我人はゼロよ。……風邪さえ引かなければね」

「すまないね……」

「あんたが謝ることじゃないだろ」

 気の毒そうにヘザーが言った。

「みんな焦ってたし仕方ねえけどな……ほらダスティン、脱いじまえ。風邪ひくぞ」

 結局火の元はやはり壁際に捨てた煙草だったらしい。ボヤ騒ぎにはなったが被害は大したことがなくすぐに消火出来た。が、緊張の糸が切れたのか疲れが出たのか、その場にいたひとりがバケツを振りかぶって水をかけようとしたところ派手に失敗し近くでバケツを持ち待機してきたダスティンとララにかかってしまったのだ。飲み水なので衛生的な問題はなく、ただ水を被っただけだ。あとは風邪さえ引かなければ問題はない。

「……ララ、これ、タトゥー?」

「そうよ」

 あまりララの方を向かないようにしていたのだが少女は関係ない。つい振り返るとまじまじと少女がララの肌に眼を向けていた。

「めずらしい?」

「うん、あんまり近くで見たことない……」

「嬢ちゃん、俺の見るか? 嬢ちゃんにならいつも隠れてるところのタトゥーも見せるけど。俺の部屋で」

「いい」

 ばっさりと少女が切り捨てララがくすくすと笑う。少女が興味を持ち眺めていることにどことなくうれしそうにララは胸を張った。

「私のいた孤児院の創設者が言った言葉らしいのよ。壁に掲げてあったわ。子供の時はなんとも思わなかったけど、大人になった今はそれがどれだけ深い言葉だったかわかる。だからそれを刻んだの」

「……見てもいいか?」

「どうぞ。別に見せられないところに彫ってないわ」

 それはありがたい。近付いて見るとそれは二の腕に掘られていた。

「……『私の影は誰かの光』」

 静かな声で少女が読んだ。影、と小さく呟く。

「……どういう意味だ?」

「『影』は決してなくならないでしょ。見えなくても絶対そこにある。誰も失くさない」

「ピーターパン以外はな」

ヘザーが笑ったが誰も笑わなかった。

「誰かが自分を照らしてくれている。知らない内に自分も誰かを照らしている。誰かのためにも自分は必要。そういう意味よ」

「……明るいところと暗いところって話じゃないんだな」

「影のなにが悪いの? 人生誰でも暗いわよ。そういうもの」

「そりゃそうだ。そういうの教えてくれる周りの大人がいたならよかったな」

「親代わりよ。あなたは?」

「俺は母親がいたなあ。もういないけど。嬢ちゃんは?」

「母親が二人、父親が二人」

「贅沢だな。父親ひとり譲ってくれないか」

「やだ。わたしの」

「俺、嬢ちゃんにふられてばっかだなあ」

何気にこの二人は相性がいいのかもしれないな、と思いながら眺めていると、ダスティンがそれはやさしい眼で二人を見ていることに気付いた。ダスティンから見てみれば息子と年老いてから出来た末娘という感覚なのかもしれない。

「ほらダスティン早く脱いじまえよ。年食ってから体調崩すと大変だぞ」

「ん? ああ、そうだな」

失礼なのかそうでないのか微妙なラインのヘザーに急かされダスティンもシャツを脱いだ。なんとなくその上半身を見る。胸にある手術痕。

「ダスティンもタトゥーあるのか」

「ん? あ、ああ、まあね……」

「……『ウィリアムズ』? 有名人か?」

どくん、と、

心臓が鳴った。―――眼を見開く。

「……ハイド?」

少女が短く呼んだ。ぎこちなく視線を動かし首を横に振る。―――無意味に。

「なんでもない。……煙吸って気分悪くなったかな」

「あら。酸素の用意あるけど。いる?」

「いや、いい。……部屋に戻るよ。おやすみ」

早口に口の中で言って眼を逸らした。―――誰から? 誰と眼を合わせたくなかったのだろう。

それからしばらくあとのことは忘れたい。覚えていたく、ない。




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