アルコルの餞別 14
かつん、かつん、と降りて行って。
錆色の空気がねっとりと首元に纏わり付く。
喉はからからに渇き、唾液さえも湧き上がらず口内で舌がぎこちなく力を失う。
赤い煉瓦の壁に囲まれた螺旋階段。
かつん、かつん、かつん。……降りて行く。
行き着いた先にあるのは抜けるような青い世界だった。青い。ただひたすらに青い。―――そのベッドの上に横たわるひとの顔色くらい。
しゅー……こー……しゅー……こー……規則正しく、機械が強制的に行なわせる呼吸音。
幾重もの管に繋がれ、巡る血液さえも全て管理され、……そうしてようやく生き延びているそのひと。
震える手で、ペンを取った。
「―――ッ!」
呼吸が引っかかり酷く噎せた。がはっと奇妙な咳をしてその苦しさに耐える。生理的な涙が滲みベッドシーツを掻き毟った。
苦しい。
時間をかけてなんとか息の仕方を思い出し、どくどくと耳の中で血の流れる音が聞こえる中どうにか通常を取り戻す。震える肩に鳥肌が立つのを感じながら息を細く吐いた。
「おい……ハイド?」
こんこんとノックの音。微かに耳鳴りが残る中誰だろうとぼんやりと考え、……ああ返事をしなければならないのかとぼんやりと意識する。
「……誰だ?」
「俺だよ。ヘザー。尋常じゃなく咳き込む声が聞こえたけど。平気か?」
「……ああ……」
心配して声をかけてくれたのか。この建物壁薄いもんな。一瞬ふらついたがすぐに身体の芯を取り戻し、ドアを開けた。眉を寄せたヘザーがそこに立っている。
「大丈夫か? 真っ青だぞ」
「ああ……平気だ。ちょっと疲れてて」
「嬢ちゃんとなにかあったか?」
「……いや、なにもない。……ヒイラギに会ったか?」
「会ったよ。写真も見せ合った。……嬢ちゃん上手いな。ありゃ感覚的なセンスなんだろうけど……正直驚いたよ」
「……そうか」
「一日部屋にいたのか?」
そういえば今何時なのだろうと腕時計に眼を落として嘆息した。午後六時。一日を無駄に過ごした。
「飯食いに行かないか。腹減った。あんたもなにか口に入れた方がいいよ」
「……だな」
曖昧にうなずく。足取りもまだ若干鈍いまま食堂に向かうと、そこには少女の姿があった。一瞬こちらが勝手にたじろいで、それから声をかける。
「……よう。いい写真撮れたか?」
「……」
室内なので薄黒色のサングラスだ。そのレンズ越しにじっと少女が見上げて来る。
「……? どうした?」
「……体調悪そう」
「え?」
「……なにか食べれる?」
「え? ああ……なにか適当に食べるよ」
とは言ったもののワゴンに並ぶそれらは全て重たそうに見えて胃が萎んだ。無意識の内に息を吐くと少女が首を傾げる。
「時間はある?」
「え? ……あるけど」
「じゃあ少し時間ください」
妙に丁寧に言われてたじろぎつつうなずいた。少女の向こうでヘザーがにやりと笑ってウィンクした。




