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アルコルの餞別 13


 翌朝、非常にすっきりとした心地で眼が覚めた。欠伸をひとつしてのびあがるとぐう、と腹が鳴った。……残念だが朝食は昨日と同じくワゴンのバイキングだよ。それに一手間二手間かけたおいしいワショクではないのだ。

 身支度をして廊下に出るとちょうどヘザーも部屋から出て来たところだった。

「おはよう。いい朝だな」

「だな。……昨日はありがとな、飛び入りで参加させてもらって」

 元々はあの子との打ち上げだったんだろ? と訊かれ、やっぱりこいつ結構細やかなところがあるな、と内心思う。

「ああ。だけど途中から賑やかになってってたから気にするな」

「今日もあるか?」

「いやそれはどうだろうな」

 期待たっぷりのヘザーに苦笑しつつ食堂へ向かう。ワゴンに並ぶ朝食は品数も多く昨日の朝までは十分満足して食べれるものだったが、今は……

「なんだかなあ。一日で下が肥えちまった気がするよ。ああ、オチャヅケが食べたいなあ」

 ふうっと物憂げにヘザーが言った。それには大変同意する。

 少女の姿を目で探すと、今日はもう既に席に着いていた。適当に食事を取りヘザーと共にテーブルに近付く。

「おはよう。いいか?」

「おはよう。どうぞ」

「嬢ちゃん俺もだ」

「はい、どうぞ」

 おはようございます、と少女が頭を下げる。

「昨日はありがとな」

「うまかったよ。オチャヅケが食べたくて仕方ない」

 切なそうにへザーが言い少女が少し笑った。

「なあ、今日もやるのか? というか嬢ちゃん今日はどうする予定なんだ?」

「今日はひとりで少し回ってみようと思ってて」

 そうなのか、と内心うなずく。昨日は少女も自分を気にして好きに動けなかっただろう。

「俺は今日は日中はここでじっとしてるよ。日中は昨日で今日は夜に賭ける」

 きっぱりとヘザーは言った。粘れば粘るほどいい写真を撮れる可能性は広がるが、集中力は個人差だ。数打てば当たるという撮り方、一枚一枚に集中する撮り方……個人によって変わるので、なにも不思議な話じゃない。

「ハイドは?」

「俺も昼頃まで大人しくしてるよ」

 少女に訊ねられ答えた。じゃあ、と少女が言葉を続ける。

「わたしも昼過ぎから動こうと思ってて。それまでハイドの写真が見たい」

「いいけど。ヒイラギのも見せろよ」

「わかった」

「おもしろそうだな。俺も入れてくれよ」

 楽しそうな顔でヘザーが言い少女がうなずく。

「ミーティングルームのPCを使って、大きく画面に出して。……昨日撮った以外のもので」

「ああ、それは大事だな。企業秘密だ」

 大仰にヘザーがうなずきそれが妙にコメディチックに見えて小さく吹き出した。




 一度部屋に戻りミーティングルームに顔を出すとヘザーも少女もまだ来ていなかった。スリープモードのPCを起動させ、椅子を二つ寄せる。

「ハイド」

 声の方を向くとドアガラスの向こうに少女がいた。「開けてくれる?」と言うのでドアを開けてやるとトレーを持った状態で入って来た。水のペットボトル何本かとちょっとした摘めるもの。キッチンからもらって来たらしい。その中に当然のようにチョコレートプリンが鎮座しているのを見て苦笑した。

「先にヒイラギのを見てもいいか?」

 少女がうなずいてポケットからSDカードケースを取り出した。カードリーダーに差し込み読み込ませる。じじっとPCが駆動し微かなうなり声を波の音のように大きくさせる。

 読み込み終わって―――アイコンが幾重にも並んで、

 ―――眼を見張った。

 青。

 何枚も何枚も何百枚も―――一面に広がる青い写真。

 濃い青から薄青色まで―――ほんの僅かな色差でさえその世界に納め切り取った、青の世界。

 少女の世界。

「―――……」

 言葉を見失って。すべてを、吞まれた。

「……ハイド?」

 どのくらい吞まれていたのか―――少女が呼ぶ声にはっと我に返って、あわてて視線を少女に向けた。

「あ……」

 薄黒色の向こうにある大きな眼。

 青い世界を視つめる眼。

 こんな風に―――ここまで、強く。

 青い世界を望む少女。

 そこになにがあるのか。―――そこに、誰が居るのか。

 誰を見つめれば、この青い世界に繋がるのか。

「……悪い、俺……」

 この写真が。少女の世界が。


―――見ていられない


 あまりにも美しくて

 綺麗で

 残酷で

 醜くて

 ―――悲しくて。

 痛い、痛いと―――血の滲む指先でシャッターを切るような。

 シャッターを切る度少女の中ががらがらと崩れ落ちていくような。

 こんなにも刹那的で息苦しさを覚えるくらい辛い世界。

 ―――耐えられない。

「―――ハイド?」

「悪い。……部屋、戻る。疲れが残ってたみたいだ……」

 逃げるように。眼を逸らした。

 少女の世界から、眼を逸らした。



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