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アルコルの餞別 10


「なんだかよくわからない話だな」

 まだ周辺を巡回しないといけないというララと別れ少女と二人きりに戻りしばらく、そう口を開くと少女はかくんと首を横に傾げた。

「なにが?」

「さっきの話だよ」

「ん……」

 ゴーグル越しに少女がどこか虚空へ視線を投げたのがわかった。こちらこそなんだと内心首を傾げる。

「どうした」

「ハイド、ララにわたしのことなにか言った?」

「え?」

「ララ、わたしのことを気にかけてくれてた」

「……あー。ああ、うん、まあ……」

 悩んで、たじろぐ。少女にしか見えないとはいえ成人しきちんと自分の脚で立っている自立したひとりの人間を、影から「気にかけてやってくれ」と初対面の人間が手を回していた。……少女の矜持を酷く損なうものではないだろうか。

 どうするか。思わず黙ってしまったこちらを、ゴーグル越しにじっと少女が見つめているのがわかった。その眼の色もろくにわからないのに、まるで吞み込まれるような感覚に陥って―――小さく、息を吞む。

「ありがとう」

「え?」

「ハイドがなにか言ってくれたんでしょう?」

 あっさりと。声を荒げることも不機嫌な顔になることもなく、少女が言った。

「え……あ、あ」

「……どうしたの?」

「や……余計なことをするなとか言われると思った」

「……ああ……」

 少女が小さく首を横に振った。苦笑いにまではいかない苦さを混ぜた表情で。

「ひとりで立っていると思えるほど弱い人間じゃないよ」

 ―――なにも気負うことなくやわらかく紡がれた言葉。

「―――そっか」

 すとん、と、なにかが腑に落ちて理解する。

 なにに縛られることもなく。

 ふと顔を上げた瞬間、ふらふらとどこかへ行って、そのまま二度と戻って来なさそうな。

 曖昧で、あやふやで―――儚くて意志のしっかりとした少女。

「……ヒイラギ、お前、気を付けろよ」

 自然と、言葉が漏れた。

「お前大抵のこと『あ、そうなの』で流しそうだけどな。ヒイラギみたいな小さな女この国じゃあっという間に攫われるんだからな」

「わかってるよ」

「お前は勇敢なのかもしれないけど」

「ナイフを手で掴む程度にはね」

「知ってるか? それは馬鹿って言うんだ」




 ぎりぎりまで少女は粘った。夕暮れまであと二時間半というぎりぎりまで。街を歩き、シャッターを切り……廃坑を見上げる。

「……そろそろ戻ろうか。……ハイドは平気?」

「ああ、何枚か撮らせてもらったし」

「……いい結果が出るといいけど」

 自分なんかで出るのか、と言いたげな顔に笑って見せる。

「俺の腕なめんな」

「了解」

 街を出て歩き出す。車の轍の跡を見るにヘザーはもう街を出ているようだった。それからもうひとつ一輪の轍。これはバイクか。

「ララはバイクで来たんだね」

「みたいだな」

 少女がその轍に向けシャッターを切った。その少女の姿をこちらは更にファインダーに納める。

 顔を上げ、眼を細め、……少しずつオレンジ色になりつつある地平線を見やる。

「……日本で地平線って見れるのか?」

「見れるところもあると思う」

 北海道とか、と続けられたがヒイラギ自身見たことはないようだった。

「じゃあこれが人生初地平線?」

「……ううん」

 やや間があって、ヒイラギは首を横に振った。

「この国で見たことがある」

「ふうん。どこで?」

「……さあ」

 ゆるりと、拒絶される。線を引かれる。―――ゆっくりと。

「さあ」

 会話は、それ以上続かなかった。




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