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アルコルの餞別 8


 時折休憩を挟みつつ歩く。遮るものがないこの荒野の上は気温がじりじりと上がり背中には汗が流れた。休憩をするのも日陰がないので結局じっとしているだけで体力を消耗してしまう―――のだが、それほど堪えた様子もなく少女はマイペースに歩き続けていた。本当、意外なほど体力はあるようだった。

 あの岩まで行ったら休憩しよう、と少女が言ったのでうなずく。岩の影に入れば少しは楽だろう。

 が、辿り着くまでが長かった。ちまちまと歩き続けてそれから三十分後、漸く岩へと辿り着く。岩というか―――聳え立つ崖のようにも見えた。たぶん、上から見れば。登ればさぞかし眺めがいいだろう。

 地図にも書いてあったな、と思いつつ影にどかりと腰を下ろした。

「お前元気だな」

「若干疲れては来てるよ? でも、こういう時のためのとっておきの方法を知ってるから」

 少女もそれほど離れていないところに腰を下ろし足をのばした。靴と靴下を脱いで素足をぽんと靴の上に乗せる。今にもぼきりと折れてしまいそうな華奢で真っ白な足首を晒されてお前もう少し考えろと言いたくなった。いや、休憩時間に蒸れた靴や靴下を乾かすのは長距離を歩くことにおいて大事なことなのだが。

 自分も同じようにして寛ぐ体勢を作りバックパックから水を取り出し煽った。ぬるくなってはいるがたっぷりの水分が喉を通っていく。ああ、生き返る。人間疲れてリカバリされる時が一番生きていると感じられる。おかしな話だった。

 こくこくと少女も水分補給をするのを確認しながら、口元を手の甲で拭って続きを促した。

「へえ。どんな?」

「『あの時よりかはましだな』って考えるの」

「前向きなのか後ろ向きなのかいまいちよくわからないけど。因みに今はどの時よりましなんだ?」

「『四十五度を超える窓のない酒蔵にスタッフが五十人程集結して昼夜食事なし撮影の午前三時』」

「日本は狂ってるのか?」

「そうでもしないと映画もドラマも作れない業界は間違ってると思うけどね」

 ノーランチ、ノーディナー、ノースリープ、世界よ、これが日本だ。というのがスローガンだったらしい。日本人ってえげつないんだな。

「……よく無事だったな」

「や、あんまり無事じゃなかった。段々足が上がらなくなっていってね、しまいには歩けなくなって、ある朝ベッドから起き上がれなくなって『んっ?』ってなった」

「軽い」

「どうにかしなきゃって思ってベッドから出ようとして、失敗して、床に倒れ込んでるところを同居人に助けてもらったの」

「……同居人がいてよかったな」

「うん。『在宅ストーカーも役に立つでしょ』って言ってた」

「どうして同居人にしたんだ? それ」




 二十分程時間を取り歩き出した。結構時間は取った気がしたが、まあ急ぐ行程でもない。

「……ああ、あれか」

 岩の反対側に回ると漸く目的地が見えた。反対側から見るとその岩は意外なことに登れそうだった。さぞかし眺めはいいだろう。ビルの四階くらいはあるんじゃないか。

 まあ登らなくても十分景色はいい。地平線が拝めるくらいなのだから―――視線を投げると、そこにはジャンクの塊のような廃坑とその下に広がる小さな街がぽつんとある。

「……今はもう誰も住んでないらしいな」

「……うん」

 なにか思うところがあるのか、少女はじっとその街を眺めていた。

 表情に変化はない。眼の色は、窺い知れない。

「……」

 そっと。無言でファインダーを覗き、少女に向かってシャッターを切った。






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