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アルコルの餞別 4


「思っていたより自由だな。本当」

ざわざわとした食堂内、バイキングの列に並びながらぐるりと辺りを見回したヘザーが言った。

「アーティストを名乗る奴らが集うんだから、もっと煙がぷんぷん渦巻く饐えた臭いのするところかと思ってた」

「どこのスラムだ、それ」

前に並ぶワゴンからフライドチキンを取りながらそう言うと、にやりとにっこりを織り交ぜにした笑みでヘザーは少女に少しだけ身を乗り出した。

「まあ、こういうクリーンな感じでよかったよ。嬢ちゃんにはこっちのがやり易いだろ?」

「……空気がきれいなのは有り難いかもね」

 嬢ちゃん扱いされた割には少女の返事は平坦だった。あまり気にしていないのかもしれないし、揉めるのも面倒だと思っているのかもしれない。

 ふいっと身を返し少女が列から離れた。そんなに量も数も取っていないように思えたがもういいらしい。思わずヘザーと顔を合わせると、よく日に焼けた健康的な肩をすくめられた。

「残念」

「……あんたはな」

 言い置いて、最後まで料理を吟味し欲しいものを取って、何故か山積みになっているチョコレートプリンをひとつ取りそれから目で少女を探した。窓際の四人がけのテーブル。二人がけのテーブルは埋まっていたのでそれしかなかったのだろう。

「ヘイ……怒ってる? 相席しても?」

「どうぞ」

 なるべく穏やかに声をかけると少女はあっさりと承諾した。ヘザーを見ると違うテーブルのメンバーに声をかけていた。こっちに来る気はないらしい。好都合だった。

「……食べるのそれだけか?」

「そうだけど」

「……少な過ぎないか?」

「そう?」

 少女のトレーに目を落とす。サラダとスープとゆで卵。

「修行僧かなにかか?」

「違うけど」

 食に拘りを持たないタイプなのかな、と思った。

「ヒイラギ。家族は?」

「いるよ」

「へえ。日本に?」

「日本とこの国に」

「へえ!」

 見たところハーフには見えなかった。どこか不思議な雰囲気を持っているのはどこかで多国籍に血が混じっているからなのだろうと思ったが少女の答えは違っていた。

「DNA的には日本人。母が再婚したの」

「なるほどね」

「ハイドは?」

 訊き返されたのは意外だった。

「母親は俺を産んだ時に死んでね。親父は俺が十歳の時だ。孤児院で育って、途中から里親の下で育った」

「そうなんだ」

 冷たくもあたたかくもない返事。サラダ皿―――やたらトマトが多く盛られたそれ―――から、少女がトマトを口に運び飲み込んでから、言った。

「その里親のご両親もカメラ関係の方なの?」

 一瞬絶句して、それから笑った。楽しかった。

「なにかおかしいことを言った?」

「いや。なんでもないよ。……いいや、親父とお袋はカメラと芸術とも関係ないよ。親父は商社で働いていて、お袋は専業主婦だ。……フラワーアレンジメントに関しては町内で一目置かれてるみたいだけどな。それが芸術って言えば芸術か」

「いいね、フラワーアレンジメント」

「やるのか?」

「ううん。やらない。すごく不器用なんだ」

 さらっと小さく手を振られた。それを見せるためではなかったのだろうが、見付けてしまう。

 右の手のひらに大きな傷があった。びっと乱暴に一本線を引いたような。

「……」

 フォークは左手で持っている。が、元々は右利きじゃないのだろうか。

「相席、いいかね?」

 その時、深くやわらかい声が降って来た。二人で顔を上げるとそこには初老の男が立っていた。顔の半分は髭に覆われていて、肌はよく焼けている。少しぎこちなく微笑んでそこに立つ老人に一番早く対応したのは少女だった。「どうぞ」と言って椅子を引く。

「ありがとう。……すまないね。情熱溢れる若者たちと久しく喋っていないもので、ついね。……私はシーラ・ダスティンだ」

「ロイ・ハイドだ。よろしく。こっちは、」

「ヒイラギ。よろしく」

「……HOLLY?」

「お詳しいんですね」

うなずきながら少女が答えた。

「少しだけね……よろしく」

 そうは言ったものの、元からあまり弾んでいなかった会話がこれ以上弾むわけもなかった。それでもローテンションではあったが一応会話は続いていたのだが、予期せぬ来訪者にどうしたらいいのかわかなくなる。……ダスティンが自身のトレーに手を付けようとせず、黙ってじっとしているのも問題だった。

「あー……ヒイラギ、お前食べるの本当にそれだけか?」

「本当にそう」

「……これも食べろ。なんだか見てて不安になる」

「……チョコレートプリン? 好きなの?」

「……嫌いじゃない」

「ああ、じゃあ、ハイド。わたしのを食べなさい。つい取り過ぎてしまってね」

 ダスティンが自分のトレーからひとつ二つとカップを取って渡した。ワゴンに並んでいたチョコレートプリン。

「あー、ありがとう……あー、ダスティン? これ全部食べるつもりだったのか? もしそうなら食べ過ぎだぞ。あんたもあんたで不安になる」

 結局計三つのチョコレートプリンが乗っていた。老人が摂取する量ではない。

「ああ、つい、ついね……でも君たちが食べてくれるのなら問題ないだろう。ほら、チキンもある。うん、食べなさい」

「……まあ、じゃあもらうけど。ヒイラギも」

「……そのトマトはもらう」

「トマト好きなのか」

「チョコレートプリン好きなんだ」

「……」

 手にあるチョコレートプリンを見て数拍迷い、結局小さなスプーンでそれを掬った。少女はダスティンをじっと見ていたが、ややあって視線をプリンに落とし、こちらに向かって「ありがとう」と言ってからプリンを口にした。……なんとなくほっとした。



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