もういいかい? 泣かない君 30
次の春、蕪木は卒業した。ファンだった後輩は泣いて泣いて泣いて泣いて阿鼻叫喚だった。ちょっと、だいぶ引いた。
「おめでとうございます、蕪木先輩」
「ありがとう。立岡さん、鶴野さん」
二人で渡した花束を蕪木は受け取ってくれた。花が似合う男のひとってなかなかいない気がする。似合うどころか、花を霞ませるくらいのひとなんて女でもなかなかいない。
「あっちにはいつ行くんですか?」
「八月」
「結構ぎりぎりじゃないですか?」
「うん、でも、少しでも長く一緒に居たいから」
誰のことか、すぐにわかった。
「―――大事にしてるんですね」
「うちの子だから。俺が選んだ家族だから」
やわらかく蕪木が微笑う。受験を終えたであろう女子高生。その子が新しい生活に慣れるまで、と、兄の顔をした蕪木が言う。
卒業後、海の向こうでロースクールに入ると決めた蕪木はもう既に合格しているらしい。なんというか、本当、びっくりするくらい次元の違うひとだ。―――なにより。
「本当に好きなんですね」
「うん」
当たり前のように蕪木がうなずく。
「本当に、好き」
―――蕪木の想いびとはまだ、海の向こうにいるらしい。
そのひとを追いかけて、なおかつ自分の夢に向かって走り続けることの出来る蕪木は―――本当に、眩しいくらい、素敵なひとだった。
「絶対に逃がさないでくださいね? 元カレには幸せになってほしいです」
「うん。俺も元カノに幸せになってほしいです」
悪戯っぽく笑った蕪木が、天音に笑いかけた。
「鶴野さん、俺の元カノをよろしくね? とってもいい子なんだ」
「しょうがないんで、よろしくされました」
「ちょっ、天音」
「この子返信短いんですよ。『先輩』はよく長文返してくれたのに」
「ぐっ」
「慣れだね、慣れ」
「まあ、気長に待とうかと」
「そうしな。―――そのくらい、一緒にいな」
「はい」
「―――この二人集まると、きついなあ・・・・・・」
呟く。それから、天音と顔を合わせて―――笑い合った。
「蕪木先輩」
「なに、立岡さん」
「好きです。―――お幸せに」
「俺も好きだよ。―――お幸せに」
風が吹いて、海へと向かう。
空と海を越えようとしているひとが、眼の前で笑う。
美しく輝く黒曜の瞳。
前へ前へと、自分が選んだ本当に大切なものへと進み続ける、強くて高潔なやさしいひと。
ああ、もう。本当、適わないな。―――そう言って笑うと、適わないねと隣で天音も笑った。
〈 もういいかい? 泣かない君 もういいよ 勇敢な君 〉