表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/148

もういいかい? 泣かない君 30


 次の春、蕪木は卒業した。ファンだった後輩は泣いて泣いて泣いて泣いて阿鼻叫喚だった。ちょっと、だいぶ引いた。

「おめでとうございます、蕪木先輩」

「ありがとう。立岡さん、鶴野さん」

 二人で渡した花束を蕪木は受け取ってくれた。花が似合う男のひとってなかなかいない気がする。似合うどころか、花を霞ませるくらいのひとなんて女でもなかなかいない。

「あっちにはいつ行くんですか?」

「八月」

「結構ぎりぎりじゃないですか?」

「うん、でも、少しでも長く一緒に居たいから」

 誰のことか、すぐにわかった。

「―――大事にしてるんですね」

「うちの子だから。俺が選んだ家族だから」

 やわらかく蕪木が微笑う。受験を終えたであろう女子高生。その子が新しい生活に慣れるまで、と、兄の顔をした蕪木が言う。

 卒業後、海の向こうでロースクールに入ると決めた蕪木はもう既に合格しているらしい。なんというか、本当、びっくりするくらい次元の違うひとだ。―――なにより。

「本当に好きなんですね」

「うん」

 当たり前のように蕪木がうなずく。

「本当に、好き」

 ―――蕪木の想いびとはまだ、海の向こうにいるらしい。

 そのひとを追いかけて、なおかつ自分の夢に向かって走り続けることの出来る蕪木は―――本当に、眩しいくらい、素敵なひとだった。

「絶対に逃がさないでくださいね? 元カレには幸せになってほしいです」

「うん。俺も元カノに幸せになってほしいです」

 悪戯っぽく笑った蕪木が、天音に笑いかけた。

「鶴野さん、俺の元カノをよろしくね? とってもいい子なんだ」

「しょうがないんで、よろしくされました」

「ちょっ、天音」

「この子返信短いんですよ。『先輩』はよく長文返してくれたのに」

「ぐっ」

「慣れだね、慣れ」

「まあ、気長に待とうかと」

「そうしな。―――そのくらい、一緒にいな」

「はい」

「―――この二人集まると、きついなあ・・・・・・」

 呟く。それから、天音と顔を合わせて―――笑い合った。

「蕪木先輩」

「なに、立岡さん」

「好きです。―――お幸せに」

「俺も好きだよ。―――お幸せに」

 風が吹いて、海へと向かう。

 空と海を越えようとしているひとが、眼の前で笑う。

 美しく輝く黒曜の瞳。

 前へ前へと、自分が選んだ本当に大切なものへと進み続ける、強くて高潔なやさしいひと。

 ああ、もう。本当、適わないな。―――そう言って笑うと、適わないねと隣で天音も笑った。




〈 もういいかい? 泣かない君 もういいよ 勇敢な君 〉



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ