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もういいかい? 泣かない君 29


 意外なことに、次の週ならと佐野は応じてくれた。繋いでくれた七南にお礼を言い、いつか出会った公園へ足を運ぶ。

 佐野は既にベンチに座っていた。

「・・・・・・こんにちは」

「こんにちは、弥子さん」

 にこりと微笑みかけられる。その微笑みはやさしくて―――怖かった。

「お時間作って頂きありがとうございます。これ、あの時のお礼です」

「お礼?」

 訝しげな声を上げて、ちょっと迷ってから佐野は袋を受け取った。開けても? と視線で問われうなずく。

「・・・・・・ああ・・・・・・ハンカチ」

「はい。お借りしたので。でも女性が苦手ということで、いくら洗ったとはいえ私が使ったのをお返しするのはなと・・・・・・あ、でもそれも袋に入ってますよ。私の手元に残るのも問題だと思ったんで」

「そこまで毛嫌いしてないですよ」

 少し笑った。買ったハンカチに目線を落として、弥子を見る。

「・・・・・・弥子さんの髪の色ですね」

「・・・・・・そうですね。今気付きました」

「どうしてこの色にされたんですか?」

「きれいな色だなと思ったんです。気に入らなかったら他のと交換してもらいます」

「弥子さんの髪染めたの俺ですよ」

「はい」

「きれいだと思えない色にしたりしません」

「・・・・・・そうですね、髪整えるのは好きなんですもんね」

「ええ」

「じゃあ受け取ってもらえますか?」

「はい、ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 お互い、頭を下げあった。顔を上げて―――訊くことを、決める。

「佐野さん、私のどこが怖いですか?」

「償う方法がないのに、どうしようもないのに、罪悪感は消えないのに、消えないままそのひとのそばにいるんだろうなってところです。それを選べるんだろうなと思いました。違いますか?」

「その通りです」

「それが怖いです。自分が傷付けた人間の前に立ち続ける強さ、それが怖いです。俺には不可能です。したくても、出来ない」

「そうですか」

「弥子さん、俺のどこが怖いですか?」

「人間のことが嫌いなのに大勢と関わる仕事をし続けられているところが怖いです。ひとの体温も声もなにもかもが嫌いじゃないんですか?」

「その通りです」

「そこまでの人間嫌いなのに接客業でなおかつひとに触れなきゃいけない仕事を選んだ。それが怖いです。私には出来ない。したくても、出来ない」

「そうですか」

「はい」

「弥子さん」

「はい」

「握手してくれませんか?」

「・・・・・・ひと嫌いじゃないんですか?」

「嫌いですよ」

「私はひとです」

「知ってます」

「そうですか。なら」

 差し出された手を、握った。

「どうですか?」

「体温が気持ち悪いです。鳥肌が立つし吐き気がするし、嫌悪感しかありません」

「そうですか・・・・・・なんだか申し訳ないです」

「弥子さんも怖いです」

「申し訳ないです」

「いえ、お互い様なので」

「・・・・・・あの、手、そろそろ離してもいいんじゃ?」

「握ってたらもらえそうで」

「え?」

「握ってたら、あなたの怖いところ―――あなたの強くて、あたたかいところが、少しでももらえそうで」

「・・・・・・」

 握り合った手に―――視線を、落とした。

「・・・・・・私も―――私も、あなたの怖いところ―――大嫌いなものに関わり続ける強さが、勇気が、・・・・・・少しでももらえますかね」

「・・・・・・さあ、どうでしょう。わかりません」

「そうですか」

「こんなものでもらえたらそもそも誰も困りませんよね」

「そうですね」

「怖いひとですね、弥子さんは」

「佐野さんも怖いひとです」

「・・・・・・最強ですね」

「最強ですね。・・・・・・最悪ですけど」

 ふわりと―――同時に、手を離した。

「お時間、どうもありがとうございました」

「弥子さんも。ハンカチ、ありがとうございます」

「いえ、元々お借りしたものなので。・・・・・・では」

「ええ、では」

 頭を下げる。上げて―――踵を、返した。―――歩き出す。

「弥子さん」

 数メートル歩いたところで、呼び止められた。―――振り返る。

 佐野はこちらを見ていた。弥子が渡したハンカチを片手に、弥子を見ていた。

「来月頃またいらしてください。髪、少し整えないと」

「・・・・・・有り難いですが、やめておきます。佐野さん、私のこと怖いんでしょう? 」

「はい、怖いです」

 しっかりと佐野は答えた。しっかりと―――弥子と、眼を合わせて。

「でもそれ、お互い様でしょう」

「・・・・・・そうですね」

 そう。そうだ。

 お互いに怖いなら―――お互い、さまだ。

「それじゃあ、また来月」

「わかりました―――また、来月」

「では」

「はい。では」

 今度こそ踵を返す。―――歩き出す。

 ちょい、と一房、髪に触れた。

 自分でも慣れた髪型。短い髪にふんわりとしたカラー。

 キープするのはなかなか大変だな、と思った。―――変えようとは、思わなかった。





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